俺たちのデートは、最初から失敗している。
土曜日。
普段であれば惰眠を貪り昼前まで布団の中で過ごすことも少なくない、貴重な休日である。
そんな掛け替えのない、本来身体を休ませる為の今日この日。俺は朝の十時という健康的な時間に、恨めしいほど燦然と輝く太陽の下に立っていた。多くの人が活動を開始する時間であるのか、稲毛海岸駅前はすでにそこそこの人出である。
『ごめんごふんぐらいおくれる』
焦っているのか全てひらがなで書かれたそのメッセージを見て、俺は気が抜けたように息を吐いた。
何故俺が、こんな朝っぱらから外で人など待っているのか。それは先日のテニス勝負で、勝った方の言うことを一つきく、という約束のせいである。
──じゃあ、デートでもいい?
そう言って頬を朱に染めた由比ヶ浜を思い出して、俺は頭をかいた。恥ずかしがるならその言葉を使うなよって話である。
ぐしぐしとかき乱した髪を手櫛で整え直していると、たたたっと駆ける音が近づいてくる。駅を背に音のする方を見ると、まさに由比ヶ浜がこちらに向かって走ってくるところだった。
「ご、ごめんっ⋯⋯。待っ、た?」
由比ヶ浜はブルーのフロントボタンミニに、白い無地のカットソーという出で立ちで、ぜえはあと荒い息をついていた。ちょっと前かがみになったせいで、かなり目のやり場に困る。
「いやまあ⋯⋯。そんなに待ってないから」
相手が遅刻したのに待ってないと言うのも何か違う気がして、ぽつりとそう答える。ようやく息が落ち着いてきた由比ヶ浜は、ふうと大きな息を吐いた後に俺を見た。
しかし、ただ見ているだけで何も言わない。何これ、ファッションチェック? おすぎなの? ピーコなの?
「あー、⋯⋯寝坊か?」
視線から逃れるようにそう言うと、由比ヶ浜はこくりと頷く。
「それもあるけど、ちょっと支度に時間がかかって⋯⋯」
そう言われて見てみれば、お団子頭はいつもより整っている気がするし、目元も普段よりパッチリしている。というか元々顔立ちは整っているのに、そこまでしなければいけないものなんだろうか。まあ、スッピンを見たことがあるわけじゃないんだけど。
「寝るの、遅かったのか」
「うん、まあ⋯⋯」
我ながらなんという下手くそな会話のキャッチボールだと思いながら、そう言って歩き出す。目指す目的地はすぐ目の前のマリンピア⋯⋯ではなく、まずは電車に乗って南船橋駅へ。そこからららぽーと東京ベイ、通称ららぽに行く予定だ。
「まああれだな。次の日学校があると思っていつも通りに寝るべきだったな」
「⋯⋯寝られるわけないじゃん」
ぽしょっと聞こえた声は、駅から流れるアナウンスの声にかき消された。その言葉には特に何も返さず、歩調を揃えて歩いていく。
改札を抜けてホームへと上ると、すぐにやってきた電車に乗る。ららぽはここから快速一本で行くことができる、総武高校の生徒にとっては定番のデートスポットだ。
混み合った電車を目的の駅で降りると、ららぽへの案内標識に従って歩いていく。動く歩道やらデジタルの広告、濁流のような人の流れを見ているとお出かけしている感というか、ちょっとした非日常感があった。
「あのさ、さっき走ってきたから喉かわいてて⋯⋯」
「おう」
「そこ、入らない?」
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