第10話 敵将、浅井長政
怪宴がおわり、夜が明ける。
呑み過ぎ、遊び過ぎ、盛り過ぎの三超過で案の定、翌日の六角軍は弱体化していた。
「浅井の残りは少ないとはいえ、流石にこの六角のザマではきついかもしれんな」
昨日の宴で、本陣とそれを固める諸将の戦力は明らかに低下した。義賢様に至っては腰を振りすぎて疲れて寝込んでいるらしい。
万全な状況で戦闘に参加できるのは輪番で見張りをしていた俺、義定、蒲生家と宿老の後藤殿の四軍だけだった。
(昨日、浅井の先鋒をだいぶ痛めつけた。すぐには動けないはずだが、なんというか嫌な予感がするんだよな……)
六角にとっては今回の戦はいくら強い言葉を使ったとしても、浅井にお灸を据えるぐらいの認識でしかない。あれだけ激怒していた義賢様ですら浅井を根絶やしにするなど、口にすることはなかった。
一方、浅井にとっては今回は存亡の機をかけた大戦という認識だろう。囚われていた嫡子が帰ってきて独立を図ろうとしている。
戦意の差では明らかに雲泥の差だ。
そして、お市にはいざというときは迅速果断を重んずる傾向がある。
(もしかすると、さらに踏み込んだ一手を繰り出してくるかもしれない)
万が一のため、俺は義定や蒲生家の軍に陣を固めるように指示を出した。
*
六角軍の勢いが落ちている。
その知らせが入ったのは、払暁の時だった。
六角の陣に捕らえられ、脱走してきた姫武将が言うにはどうやら六角義賢は捕らえた姫武将を肴にして乱痴気騒ぎをしていたらしい。
「そうか、報告感謝する」
私が言うと、彼女は跪く。脱走するのに苦労したのだろう、彼女の装束は土と血に塗れていた。
「加えて申し上げます。今、油断しきっている六角を攻めるべきかと。恐れながら初日のぶつかり合いで兵を失った浅井は正攻法では勝てませぬ。隙をつかなくてはなりません」
彼女の策に理があると思った。
こうも都合よく、六角が弱るとは。
天の時さえもわたしに味方していた。
「その献策を容れよう。で、六角方の情報と此度の献策は見事なものだった。感状を書きたいのだが、名を教えてはくれないか」
「藤堂与右衛門高虎。阿閉貞征の遺臣でございます」
「藤堂高虎か、礼を言う。お前のおかげで浅井は生まれ変わることができる」
その後、ひとまずの恩賞として高虎に金子を渡して本陣から去らせる。
六角義賢は弱っているが、高村は違う。あいつはそんな乱痴気騒ぎに加わるとは思えない。確実に軍の力を温存していることだろう。
となると、この戦いは実際のところは私と高村の対決になる。
(果たして、私はあいつに勝てるのだろうか)
一瞬、不安が過ぎったが、すぐに頭を振って打ち消す。
勝たねばならないのだ。相手が六角の誰であっても。
そうでなくては、私を信じてくれている家臣たちに申し訳が立たなかった。
「皆の者、聞け! これより浅井家は全軍を挙げて六角の本陣に攻め込む! この一戦こそが浅井の分かれ目となる。独立の機は今ぞ!」
家臣たちの前に出て号令を発する。
そして、駆けた。
浅井を再興させるために。
恐怖の夜を越えるために。
はじめに当たったのは、家老の後藤賢豊の隊。彼は堅陣を並べて待ち構えていたが、容易く突き破った。
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