第12話 次の戦雲
野良田の戦いから1年が過ぎた。
あの戦い以後は六角浅井間で大きな戦いは起こらず、戦間期になっている。
ただ、ついに桶狭間の戦いは起きた。史実通りに織田家が勝利を収め、今は美濃への侵攻を開始している。
(いよいよ、時代が動き出す頃合いか)
史実に拠れば、もうそろそろ浅井と織田が同盟を模索し始めるだろう。もっとも当主がどちらも女だから結婚に関してはどうなるかわからない。この世界には婚姻の他に親族を義理の弟妹として送り込む手法があるからだ。
(どちらにせよ、浅井と織田が組むのは六角には良くない)
地味に六角家の所領は南北に長く、南近江のみならず伊賀も含む。厳密には家臣ではないのだが、北伊勢の関家とも深い関係がある。
この関家と織田家の所領が隣接してしまっているのである。浅井に圧をかけられている間、織田に北伊勢を切り取られる事態は充分考えられた。
ちなみにこの関家は蒲生家と強いつながりがあり、二代に渡って蒲生家から妻を迎えている。蒲生家と付き合う以上、この関家の取り扱いにも気を付けなくてはならない。
(むしろ六角と織田が組む方がいいのか? 織田側からしてみれば、北伊勢の脅威は無くなって美濃に専念できる。浅井が織田側につかなくても、東海道で伊賀から南近江に抜けられるし、今から手を組めば上洛した後の扱いも良くなるかもしれない)
ざっくり理解だが、悪くないような気がする。問題は承禎様が聞き入れてくれるかどうかだが。
ともあれ、俺は時代の流れを肌で感じながら屋敷の掃除をしていた。
四代前の当主である六角氏綱の遺産であるこの大名屋敷は、一人で全部を掃除するとなると丸一日かかる。
「鍛える約束とはいえ、蒲生の嫡流の私を顎で使うとは……。良い度胸をしているわね、高村様?」
庭の掃き掃除をしながら氏郷がぼやいている。潔癖性な彼女にとってはこの屋敷の有様は目に余るのだろう。しきりに姑のように小言を繰り返していた。
「悪いな、頼める人手がお前しかいなかったんだよ」
初めは義定に頼んだが義治様の補佐に忙しく断られた。さりとて、他に親しい一門はいない。一応一人だけ同居している姫小姓がいるが、そいつは今は学び舎にいる。
というわけで、学び舎時代から親交のある後輩の蒲生氏郷に白羽の矢が立つことになった。
「それでもよ。せっかく休みが取れたというのに、こんな埃ばかりの家を掃除させられるなんて、あんまりだとは思わない?」
だが、氏郷の愚痴は止まらない。
お互い多忙の身。休みの有り難さは知っている。そうだな、さすがにただ働きをさせるのは気が引ける。
というわけで、俺は伝家の宝刀を抜くことにした。
「終わったら、プリン作ってやるから許せ」
プリンと聞いて、氏郷の目の色が変わる。
現代ではありふれたスイーツだが、この時代では違う。
砂糖は南蛮船から買い入れなくてはならず、卵も今までの日本では仏教的観点から忌避されて常食する習慣がないために入手に苦労する。
強い甘味がこの時代には少ないことも相まって、価値が大暴騰していた。
以上の事柄から、ぶっちゃけ俺の懐には痛いがねぎらうにはちょうどいい。
「必ずプリンを作りなさい。さもなくば、シメるわよ」
長政といい、女子は甘味には弱いのだろうか。
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