第20話 騎馬殺しの陣
鈴鹿の山を左に眺めながら、私は六角領を行軍していた。
我が浅井家が江南に侵攻してからというものの、国人の寝返りが相次ぎ、箕作城の辺りまで侵攻が進んでいる。
今までなら浅井が一方的に侮られていたため、そんなことはあり得なかった。それだけ、此度の騒動は六角の屋台骨を揺るがしたのだろう。
ともあれ、この城さえ越えれば承禎が籠る日野城までは目と鼻の先である。今は日野城を義治の手勢が囲んでいるが、決め手に欠き攻めあぐねているらしい。しかし、私が後詰めすれば問題は解決する。
「それにしても、よもや浅井と六角が合力するとは思わなかったな……」
呉越同舟。今回の六角義治との共同作戦は端的にこの故事で説明がつく。
六角承禎という共通の敵を討つために、天を共に抱けない両家が手を結んだのだ。
初めは我らが単独で六角を倒そうとした。しかし、三好長慶が義治を支援していたため、そこまですると三好までもが敵になる。
(正直に言えば不本意だが、最悪は承禎と高村さえ追い落とせばいい。義治ならば、与し易いからな)
今までの経緯に思いを馳せながら箕作城を囲む。すると、高虎が早馬を飛ばしてきた。
もたらされたのは、六角高村の戦勝報告。
三好長慶率いる二万が瀬田に篭った高村の四千に追い返されたのだという。
「そうか、高村がこちらに来るんだな……。にわかには信じがたいが……」
この石山崩れの情報は私にとっては信じがたいものだった。
相手は日ノ本の副王・三好長慶、当代の天下人と言い切ってもいい。
教興寺の戦いで畿内の旧勢力を根こそぎ仕留め、天の時を得たような勢いをもっていた天下人を高村が止めたのだ。
それも、寡兵での完勝である。
「しかし、困ったことになったな……。安宅冬康殿はどうなった?」
「討ち死にしております」
「そうか……」
思わず私は天を仰ぐ。
この浅井と六角の合力は三好長慶殿を仲立ちにして行われている。私と義治の折り合いは悪く、何度も条件が合わずに頓挫しかけた。そこを安宅冬康殿に仲介してもらって今に至る。
(こうなっては、六角義治と意思疎通を図るのは難しいな……)
浅井と三好、六角義治。この三軍で六角承禎と六角高村を討つ。それが今回の戦の題目だった。
だが、肝心の三好は挫かれ、高村は江南で味方を集めながら日野に向かっている。
「やはり、ここでも高村は壁として立ちはだかるのか……。まあ、いい。早々と箕作城を落として南下するぞ」
報告に来た伝令を下げて、指示を出す。
箕作城を攻めさせつつ、私は高村のことばかり考えていた。
*
俺たちが水口辺りまで進軍すると、六角義治は日野城の包囲を解いて西の守りに入ったと報せを受けた。
「六角義治は殿と承禎様に合流されることを恐れているようですね。義治の軍は八千ほどかと」
「ありがとう、山岡殿。さて、俺はどうするかな……」
水口に来るまでの間、東海道沿いの義治派を討ち従えて俺たちの兵は三千弱から六千五百までに増えている。
数は増えたといえど、その練度は俺たちには及ばない。さらに義治が布陣した場所が水口と日野の間に横たわる森林地帯であり、虎の子の騎馬隊が使いづらいという不利を抱えていた。
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