Take004
映画やネットに出てから私生活が激変したという成り上がりストーリーに憧れた事はあるだろうか。人生がガラリと変わる切っ掛けを手にし億万長者となる、そんな夢物語だ。
しかし私の現実は映画に出たからと言ってそう甘くはなく、そも旅行の小銭を稼ぐ為に売り子をしていた風来坊だった故貯蓄と云えるお金がない。
映画の結果はどうあれ当初は無名の新人ということで前払いの配給は無く、ビザの更新及び切り替え費用と当面の賃貸料を含めた生活費は情けないことだが監督のポケットマネーから借りていた。ロス郊外のレンガ造りの1DKのアパートで質素倹約に生活しているのが今日までの現状である。
季節は夏の夜風が身を震えさせる寒さに変わるかというところ、当の自分はといえば風でサッシが軋む部屋の中で服を着替えながら顔を綻ばせていた。
第一四半期の映画の歩合興行収入の支払いが行われたのだ。
金額こそ不明だが監督から期待してもいいよと声を掛けられている。我ながら笑みが止まらない。
偉い人は言いました、中国人のメスガキに頼れるものは金と銃、この二つがありゃ天下太平だと。幾らかのお金と銃があれば世の中何とでもなるんです。
因みにやってみろよと言われても現実では永住権がないので銃は購入出来ず、何とでもなっていない。護身用に所持しているのは股にぶら下がるコルト・パイソンが一つのみだ。顔と一物が合ってないと一瞬でも思った奴は至急ケツを出すように。
この世界の男性の服装といえば基本的に上半身下半身共に腕や太ももを人目に付かないよう肌の露出が極限まで無い物が主流である。要は長袖長ズボンにタートルネック、冬なら問題はないが夏であれば暑い、熱が逃げない、蒸れる、肌に張り付くと悪いことこの上無い。
短パンとアロハシャツで夏を過ごしていた前世に比べると大変煩い。しかし女性物はやはり選り取り見取り、一見女性物とわからないものも存在する。
私の服装は中は鎖骨まで見える白のボートネックに上はウサギの耳付き黒色パーカー、下は黒いショートパンツだ。耳無しのを選択するとアメリカのコンビニ強盗の服装となるため泣く泣く断念した。
皆まで言うな、既に二十歳の男がするには大分キツい服装と前世に染まった価値観が訴えている。
だがこの世界は貞操が逆転した世界、行っている女装は置き換えれば男装、二十歳の可愛らしい女性が男装していると考えればギリギリ行けるのではなかろうか?
気持ちを切り替えアパートの扉からを出て、ルンルン気分でタクシーで銀行に向かう。周囲の目が気になる事はなく、今は幾ら口座に入っているのか気になって仕方がないのだ。
タクシーを降りて銀行に入りバンキングカードを差して残高確認を行う。口座開設はビザ切り替えのときに作ったもの、画面に表示される桁を一つずつ目で追いながら骨董品が鑑定される番組のように数えていった。
「一十百千万……十万……百万……二百万。おぉ凄い……二百万円」
口座には2,100,000USDと記載されていた。
タッチパネルを操作し口座から数百ドルを引き出す。どうやら今日の晩御飯で漸く少しの贅沢が出来るらしい。笑みを浮かべる頬を隠すようにフードを被るとそのまま足早に銀行を後にした。
前世の記憶が混ざったことで円換算など無縁であった金勘定に侵食されている自覚がないまま、口座の中身とそれに対する税金がとんでもないことになっていると気付くまであと四ヶ月と少々。
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