Take009
ロサンゼルスの生活は快適といってもいい。席に座るだけでいつも注文するものが出てくる顔馴染みの喫茶店、何を買っても無愛想に雑誌を読み続け帰り際にまた来いよと声を投げ掛けるコンビニの店主、肉を買うと気持ちおまけしてくれる精肉屋etc。
そんな日常が当たり前であると思っており、私自身の立ち位置、私が世界にとってどのような者なのか本当の意味では理解してなかった。
ロサンゼルス発の飛行機の搭乗口から降りて、待ち合いロビーに出た瞬間にその理解をしていない意味を身に分からされることになる。好奇心を押さえられず先頭を歩いていたのだが自動ドアが開いた瞬間、目が眩む程の光を浴びた。咄嗟に手で遮るが時はすでに遅く、視界全体に残像が残る。
「まぶッ……!?」
顔を背けるが視界に光の残像が残りロクに目が見えず、咄嗟に何かを掴もうと周囲に手を伸ばす。そして何度か指先が虚空を切った後に、その手を誰かが掴み、指先を絡ませてくれた。
「ユーシャ」
「ごめん、見えない。ごめん」
「手を握って。ついてきて」
どうやら手を掴んでくれたのはミラーシャらしい。玉虫色の残像に染まった目を細めれば、それが薄れた視界の隅にカメラが見える。
彼女の手に引かれて移動し、さっきの光が一斉に焚かれたフラッシュだと気が付いたのは、続けて空気を震わせる怒声のような歓声で頭を殴られたときだった。
歓声が頭に響き、耳を塞ぐことの出来ない状況で引き続き連続して焚かれるフラッシュ。ロビーを出てからどこを歩いてるのかもわからない。しかし、間髪を容れず視界の中央を塗りつぶすように埋まる光と、周囲の喧騒から庇うように黒い影がカメラと私の隙間に入る。
「反応を返さず、そのまま。手も振らないで」
隙間に入ってくれた影の正体はアンジェだった。少しずつ残像が薄れ、周囲を確認する余裕ができてくる。進む道に沿うように設置された柵から身を乗り出す人と、それを抑え込むボディーガードの壁。
ロビーを埋め尽くす程のヒトの群れと、波のようにうねるプラカードとメッセージ。顔には歓喜と興奮を露にして、その熱は私達に向けられている。
何がどうしてこうなったのかと疑問が生まれる。そして『ニューヨークへ来るのがリークされた』という監督からのメッセージを思い出した。それだけでこうも人は集まるのかと、驚きが隠せない。
しかし、これは自分の起こした事象である。
新しい文化を、性癖を生むという行為を甘く見ていた結果。画面越しにスレの住民の性癖が変わるのを眺めていただけ、画面越しに褒め立てられるだけで承認欲求を満たしていただけ、近しい者を身勝手に弄んでいただけ。
私は人の性欲というもの、三大欲求の強さと、それから来る関心というのを軽んじていた。
私らが居なくなってもその歓声は止むことはない。通路を歩き三人揃って黒塗りのリムジンに押し込まれ、ボディーガードが人の波を掻き分けて車が飛行場から出たときに、漸く熱気から解放されたのだった。
「はぇ……すっごい」
身体の中のこもった熱気を吐き出すように余りの出来事に対して思ったことを呟けば、それは無意識に日本語として言葉が漏れ出る。あまりにも強烈過ぎて、それがまた予想外で、小学生並みの感想しか出てこないが心臓はうるさく鳴り響いてる。
「ヤバい。ヤバすぎ。何あれ? まだ目がチカチカするし。あんなん聞いてないってマジで」
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