幕間『勇者なきエインベリオス』
勇者による魔王討伐の報は、電撃じみた速度と衝撃で世界中に響き渡った。
曰く、勇者は仲間を失いながらも単騎で魔王を打ち倒した。
曰く、勇者は自らの武勇を驕ることを決してしなかった。
曰く、勇者は何の褒賞も望まず次の戦いへ赴いた。
各地に大小点在する人類の生存域、そこに住まう人々は勇者を輩出したエインベリオス王国を中心とし、超大規模な狂宴を催していた。
戦争の終結。そして最新にして最大の英雄の名を、誰もが讃えている。
「……ナガミネさん、帰っちゃいましたね」
「そうですな」
王城のバルコニーから街の熱狂を見下ろして、アイリーンがそう呟いた。横に付き添う宰相のバブルスもしみじみと返す。
彼女たちは先程までパレードやセレモニーに引っ張り回されており、今はこうしてくたくたになりながら二人で城下の様子を見ていた。
「……わたし今までずっと『なんで自分が』って思ってたんです」
「はい?」
「お兄ちゃん二人が立て続けに死んじゃって、回ってくるはずのない王位がわたしに回ってきて……バブルスさんは助けてくれますけど、わたし頭よくないから政治の事なんか全然分かりませんし」
「ははは。座学の時には、あまりにも頭アイリーンな陛下に心が折れそうになりましたぞ」
「なんですか"頭アイリーン"って! とんでもない罵倒ですねそれ!? ……いや、まあ、実際そんな感じでしたけど」
けれど。
アイリーンはそう前置いて口を開く。
「あの人は勇者っていう、国王なんかよりよっぽど理不尽で重大な役目をわたしぐらいの年で負わされたわけじゃないですか」
「そうですな。……押し付けた私たちが言うのもアレですが」
バブルスは、亡き前王と共にナガミネを召喚した日を思い出して苦笑した。
「それなのにあの人は、何十年も諦めずに進み続けて、ついに魔王まで倒しちゃったんですよ。……その姿を見ると、私も自分の境遇に言い訳なんかしないで、ナガミネさんの百分の一ぐらいは頑張らなきゃなって思うんです」
「へ、陛下……」
アイリーンの成長に感動し、バブルスは思わず涙を拭った。
「それでは明日……いえ今日からまたお勉強ですな!」
「ええ!? 今日ぐらいは休みませんか!?」
「いやいや、思い立ったが吉日といつかナガミネ様も言っていました! ぜひ今日から──」
「──ねえ、今ナガミネって言った?」
──その時。バブルスの肩に何者かの手が置かれた。ぎしりと骨が僅かに軋む。
白くしなやかな女の手だ。しかし細さに見合わない怪力が、バブルスにその正体を知らせてきた。
「だ、大精霊様……!?」
バブルスが振り返ると、そこには薄桃色の髪をショートに切り揃えた、十代後半に見える活発そうな少女が笑顔で立っていた。
大きな赤い瞳、白い肌、細いのに出るところはしっかり出た体。
女どころか生物として格の違いを感じるほどの美貌に、アイリーンは唖然とする。
──今最も会いたくない人物に出会った。バブルスは内心眉をひそめた。
地球からの漂着品であるワイシャツの首元から豊かな谷間を惜しげなく晒し、大精霊と呼ばれた少女は二人にぐいっと顔を近づけてくる。
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