ハーメルン
寂しがり屋の吸血鬼は人間失格と一緒に居たい
1.死と孤独

ぺたり、ぺたりと足音がする。

人々が寝静まる夜、その影は西洋屋敷の廊下を裸足で歩いていた。

廊下は暗く、明かりひとつ灯っていない。

何も見通せないはずの暗がりを、人影はゆっくりと規則的な足音だけを残して進む。

それは雷雨の夜のこと。

ピシャリと窓の外で光った雷光が、一瞬だけその人影を照らし出す。

銀の髪が妖しく光り。

赤い瞳が闇を見通す。

ガタガタと揺れる窓枠、ザアザアと悲鳴のような雨音、突如として響く雷鳴に物怖じひとつせず、人影は歩く。

そう、「彼女」は吸血鬼。

夜を支配するものが、闇の世界を恐れる筈がない。


ぺたり、ぺたり。歩みは進む。

やがて彼女は、ひとつの扉の前に辿り着くと足を止めた。

扉は艶のある黒樫に金の装飾がなされた豪奢なもの。

重々しい両開きの扉に彼女の指が触れると、ゆっくりと音を立てて扉が開いた。

現れたのはひとつの部屋。

暖炉が火を灯し、シックな内装を怪しく照らす。

アンティーク調の家具達が彩る部屋は、まるで中世ヨーロッパの貴族の部屋をそのまま現代に持ち出したかのようだ。

だが、そんな部屋の中で、吸血鬼が見つめるのはただの一点。

部屋の真ん中、そこにあるソファに座る人間の姿が目に入る。

吸血鬼は思う。

その人間の首を、そこを流れる血を想像して、ただ思う。

──「美味しそうだ」、と。


ぺたり、と部屋の中へ足を踏み出す。

蝋より白い肌が光に照らされる。

ぎらり、と口から覗く牙が光る。

それに構わずぺたり、ぺたりと人間との距離を縮める。

フローリングが絨毯となり、もはや足音も出なくなる。

もう手を伸ばせば届く距離。

そのとき。
何かに気付いたのか、ようやくその人間が振り向いた──


今までより大きな雷が、雷鳴と共に夜の雨空を駆け落ちた。



◆◆◆



「──アクタ」

でかい雷の音にちょっとびっくりした俺は、その声を聞いて我に返る。

俺、龍川(たつがわ)(あくた)の名前を呼んだのは、銀髪に紅目の少女の姿をした「吸血鬼」。どうやら帰っていたらしい。
人間を襲う存在に対して、我ながら不用心だなと思う──まあ、一緒に半年も過ごせば、大抵の事では警戒できなくもなるだろう。

その吸血鬼は、俺が座る大きなソファに近づくと、俺のすぐ横に腰を下ろした。
肩や足が触れてしまいそうなほど近い距離。
思わず首を向けると、下からこちらを見つめてくる紅玉(ルビー)のような瞳と目が合う。

ちらりと人間のものでは無い牙が覗く口が、言う。

「ただいま、アクタ」
「ああ。おかえり、ガブリエラ」

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