5.額縁
「――吸血鬼って、なんだと思う?」
部屋に、男の声が響いた。
そこは不気味な部屋だった。
明滅する古びた電灯が、その中で佇む2つの人影を薄汚れた壁に写し出している。
弱い明かりが照らす室内は猥雑とした内装を隠す気もなく広げている。床は何らかの資料や器具が広がり足の踏み場も無く、複数個ある長机の上も空いたスペースが見当たらない程に様々なものが散らかっている。
天井や壁は配管を隠すことも無く、まるで血痕のような汚れも幾つか見受けられる始末。
この「研究室」が学校にある理科室と同じ間取りをしていることは、恐らく初見の人間には分からないだろう。そのくらい室内は混沌で満ちていた。
泡を浮かべる液体で満ちたフラスコ。
蒸気の様なものを排出する謎の装置。
天井から吊り下げられた人骨の様なもの。
床に散らばる様々な言語で書かれた論文達。
血色を隠そうともしない写真の群れ。
ケージに入れられた小さなモルモット数匹。
点滴台にセットされた輸血パック。
錆びたノコギリ。
乾いた血がこびり付いた鉈のような刃物。
ガスマスク。
水槽の中に浮かぶ数匹の死んだ魚。
部屋の隅で蠢く”なにか”。
ホルマリン漬けにされた赤い眼球。
同じくホルマリン漬けの脳。
謎の生物達。
見るもおぞましく知るも恐ろしい、謎の「実験器具」の数々。
そして……様々な機械が装着された殊更目立つガラスケース、その中で弱々しく蠢く赤黒い塊を覗き込む、ひとりの男。
彼は痩躯の長身だった。
彼は何故か全身を包帯でぐるぐる巻きにしており、容姿はほとんど判別つかない。
彼は白衣を纏い、学者の様な服装をしていた。
包帯の男はガラスケースの中の赤いものを凝視しながら、手元の紙にガリガリと何かを書き込んでいる。
「研究対象」を見つめる大きく見開かれた目には、最早不気味な程純粋な熱意と好奇心があった。
そんなマッドサイエンティストを絵に書いた様な男は、愉しそうに質問を繰り返す。
「ほら、吸血鬼とは何だと思う? 答えて答えて。なあに、これくらいいいだろう? 僕の好奇心を少ぉし満たすだけ、無理難題でもなんでもない。それで僕と君の良好な関係が保たれるんだから願ったりだろう、ね? ほうら、分かったら早く答えてくれよ」
男は愉快そうに、まくし立てるように言う。
その間も問うた相手には顔を向けず、実験器具を弄り何かを書き込むことを繰り返している。
そんな男に質問された相手――部屋の入口、入って来た場所で立ち止まっていた、この部屋にいたもう1人の人物は、ため息ひとつの後にゆっくりと答えた。
「⋯⋯吸血鬼は、人間の敵です」
その声は男のものと違い、高く、凛とした、涼し気な音色で……一欠片の愉悦も含まれていない、鋭い声だった。
そこに居たのは、喪服のような黒いセーラー服に身を包んだ、黒髪黒目の少女。
鋭い雰囲気のある少女だ。
まるで日本刀のような……触れるものを傷つける鋭利さが何者も寄せ付けない美を持つような、そんなことを思わせる少女。
そんな少女に、男は作業の手を止めずに言う。
「いやいや、そんな抽象的なことを聞いてるんじゃなくて、生物学的な話だよ。僕が聞くってのがどういう意味か分からないほど馬鹿じゃ無いだろう? ほら、ネクストアンサープリーズ?」
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