ハーメルン
後方師匠面の転生者に『功夫が足りん!!』と言われ続けた噛ませ犬がバグった話
功夫之弐


 ––––ラント家は使用人を雇える程度には名門だ。屋敷を構え、武勇を飾り、強さを以って報償を稼ぐ。そんな家だからこそ強さは必要で、自分にはそれが無かった。

 そうなると両親や兄弟からの失望だけじゃない。雇っている使用人達からも憐れみの目を向けられる。

 屈辱。廊下を曲がった先で話されている自分への憐れみや、窓を開けているだけで不意に耳に入ってくる井戸端会議で出てくる嘲笑。

 人間はそう言った他人の陰口で話が盛り上がる物なのは知っている、しかしそれ故に苛々してくるのだ。勝手に失望した様な目を向けてくる事や、父兄と比較して裏で笑う使用人も、そして…………弱い自分にも。

 そう言った意味では、自分本位の適当な指導であったとしてもフィルからすれば師匠面をする彼との鍛錬は惨めな思いを吹き飛ばす事が出来る物だった。性格的に絶対に口にはしないが、その点に於いては感謝していると言ってもいい。


 そして今日聞かされた言葉。異国の武術家が言った『千招有るを怖れず、一招熟するを怖れよ』と言うその言葉は、フィルには天啓の様に感じる。

 もとより天才では無いにしろ、フィルは秀才としての器を持っている。そしてその才覚を今まで八極拳と六合大槍と言う一点に集中させた結果が此処にある。数年前の彼には絶対に真似出来ない物が。


 (僕は……間違いなく強くなっている。父や母、兄さん達には敵わないかもしれないけれど、それでも確実に強くなっている。––––これが功夫か)


 自覚すると同時に内側から今まで感じた事の無い熱が感情を支配する。グツグツと、まるで溶岩のように煮えたぎりながら、しかし粘性を持った重い感情。

 それは押さえつけられていた承認欲求や反骨精神に加え、向上心が混ざり合った事で生まれた斑色の感情であり、彼はその感情に突き動かされるままに槍を動かして行く。


((ラン)……(ナー)……(チャー)……)


 シュッシュッと言う風を斬る音が夜中の鍛錬場に木霊する。彼が行なっているのは槍術の基本の三法であり、槍を外側へと回す事で内側から外へ敵の武器を払う『欄』、同じく槍を内側へと回す事で外側から内へ敵の武器を抑える『拿』、最後に前の二つによって晒した敵の隙を穿つ『扎』。

 この三法を彼は只管、闇雲と言っていい程に行っていた。


 (もっと僕は強くなってやる……誰にも負けないぐらいに強く……どんな奴だって一撃で叩きのめせるぐらいに強くッ!!)


 愚直に、それだけを、こうして彼はその基礎を徹底して自分に課す傍ら、師匠面の男から気まぐれに教えられる八極拳の技や思想を吸収し––––物語が動き出す時期を迎えるのだった。

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