第二話「鍋と夜のふじさん」
「えぐっえぐっえぐっ」
悲惨な爆心地となった顔を公衆トイレの手洗い場で洗い、取り合えず俺のテント前に集まったが件の少女は未だ泣き続けていた。
いや、連れて来たんじゃなくて女同士、志摩のテントに行くのかと思っていたら何故か彼女は俺の服の裾を掴んだまま後に付いて来るので必然的に志摩も一緒に来た訳だ。
「つまり、今日山梨に引っ越して来て富士山を見ようと自転車で此処まで来たけど疲れて眠っていたら辺りは真っ暗闇になってて途方に暮れていたと」
「ぞうなりなず~~。ぐしぐし、ずず~~」
二人のそんな会話を聞いていた俺は「はぁ~」と溜息を吐いた。
あ、別にクソでかくないよ、念のため。
「と、言うか眠りこけていた事に気付いていたんなら注意してやれよ」
「そこは面目ない。まあ、あっちは下り坂だし、下まですぐだと思うけど」
「むりむりむり、ちょうこわい!」
まあそれはそうだろう、俺だって怖い。
「だったら家に電話して迎えに来てもらえば?」
「あっ、そうか!」
俺の提案にその手があったかと、彼女はスマホを取りだそうとポケットに手を入れる……が。
「スマホスマホスマホ、最近買ったスマホスマホスマホスマホス」
中々見つからないのか体中のポケットを弄り…
「マホッスーー」
取り出したのはケースに入ったトランプ(52枚入り)だった。
何故それを携帯する?
呆然とする俺達をよそに、彼女の腹の虫が盛大に音を鳴らす。
ぐうぅぅぅ~~~~~
「あうぅ~~」と唸りながらorzになる彼女、哀れすぎる。
「…今から飯作るけど喰うか?」
「いいんですか!」
「税込み1500円になります」
がま口を取り出し中身を見ると100円玉を差し出し…
「じゅ、じゅうごかいばらいでおねがいしましゅ~~」
泣きながらそう言って来た。
「鬼か、貴様」
「嘘に決まってるだろ。それから志摩、お前も食ってけ」
「いいのか?」
「お前だけのけ者にしたら後味悪いじゃねーか」
「じゃあ、椅子取って来る」
志摩は自分のテントに椅子を取りに行き、俺はコンロを取り出すと鍋を乗せて水を注ぎ、火を点けてから飯盒を焚き火にかける。
「お鍋だーー」
さっきまでの泣き顔は何処へやら、途端に満面の笑顔になり、椅子を持って来た志摩に「お鍋だよー」と言い志摩も「そうだな」と返す。
ー◇◆◇ー
「おっなべー♪おっなべー♪」
「ごっはんー♪ごっはんー♪」
ぐつぐつと煮える鍋と湯気を出す飯盒を見比べ、頭を揺らしながら歌う彼女。
腹の虫は相変わらず大合唱だが実に楽しそうなその姿に思わず笑みが零れる。
ふと視線を感じ、横を向けば志摩が生暖かい目で見ていた。
「…何だよ」
「別に」
「そういえばご飯を炊く時の歌ってあったよね。たしか…そうだ!『赤~子焼いてもふた取るな』」
「「赤子を焼くな!!」」
「へうぅっ!」
「まあ、私のスマホで連絡してあげるから家の電話番号教えて」
「引っ越したばかりで覚えておりません」
「じゃあ自分のスマホの番号は?」
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