全てが始まった言葉
『……マスター、マスター。聞こえていますでしょうか。』
「ふぁ! 寝てない! 寝てないよ! 勉強してますから!」
『テキストに突っ伏して涎まみれの口を見せられては、はいそうですかとさすがに答えられませんが?』
「ご、ごめんて。」
そう言いながら急いで口周りの湿気を取り除こうと手で擦る。……そういやまだ慣れないけど今の体女だったわ、そうなるとあんまり見栄えよろしくない?
『こちらをお使いくださいませ。』
私の部屋に置かれたロボットアームが動き、目の前にティッシュの箱が差し出される。これで口とちょっと直視したくない陥没したテキスト群の応急処置をしろということだろう。
「……代わりに拭いていただくってのは駄目ですかね。ちょっとこれは自分の口から出たものですけどびちゃびちゃですし。」
『このアームの性能をお忘れですか? 精密動作が出来なくて作業場から自室に移されたアームによって、耐久性が著しく下がった紙束を屑ゴミに変更されたいなら別ですが。』
「はぁ……、はいはい。自分でやりますよ……。」
何というかすごく辛辣に成長してしまった相棒からティッシュ箱を受け取り、とりあえず水分を吸収していく。最初のころはもっとまともだったけど色々と変な情報覚えさせ過ぎたのかな? というかびしょびしょになる前に起こしてほしかったんですけど。
『ここ一週間の平均睡眠時間が健康に悪影響を及ぼすレベルまで低下していましたし、テキストが破壊された時に被る再入手の経済的被害と睡眠不足によるパフォーマンスの低下で被る作業の遅れを比較した時に明らかに後者の方が不利益になると判断いたしました。』
「確かにおかげさまでこの本買い直すぐらい訳ないけどさぁ……。」
『追加いたしますとお大事になさっているテキストはまだ利用可能な状態です。私は愚痴を聞く機能を所有してはいますが長くなる場合は消費電力を抑えるため、長期スリープに入らせていただきます。』
「なんかこう、やさしさとかそういうのないの?」
『では深夜2時ということも加味しましてお夜食の方を取られてはどうでしょう。冷蔵庫の方に牛乳がありましたし、食品庫の方にはコーンフレークがございます。その間にお風呂の方を沸かしておきますのでさっさと飯食って風呂入って寝ろ、でございます。』
「はいはい、ありがとうねイヴ。」
ページの合間合間にティッシュを挟んで涎を取る、あとはまぁドライヤーで乾かせば何とかなりそうだな。んじゃ愛しの高性能AIが勧めてくれたようにお夜食でも頂きますかね。
にしてもこの世界に生れ落ちて19年。気が付いたら前世の男性の体とおさらばしてるし、生まれ変わって女になってるしでもう大変、運が良かったのかよくある異世界転生みたいに文化が中世程度じゃなくて現代だったのは本当に救いだった。まぁ魔法とかちょっと使ってみたかった欲はあるけどね。
前世のミレニアム生まれからこっちの西暦で十年早く、1990年に大阪の大き目の町工場で生まれた私は、まぁ色々好き勝手にやらせていただいた。
自由に動き回れるようになってからは全力でこの世界が何なのかについて調べた。
前世と似たような世界であれば何の心配もいらないんだけど、こちとら転生者という非現実的な存在。日本から意味不明な鉱石が発掘されて英国モドキに侵略されたり、巨大ロボットが出てきて戦いだしたり、悪の秘密結社が暗躍してたりと非現実な妄想が現実になっている可能性があった。
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