ハーメルン
世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する
第5話 もう一度(後)

翌日の午後、私はお母様と共に王城へとやって来ていた。
身に着けているのは先日作ったばかりの空色のドレスだ。お母様と使用人たちが気合を入れておめかしをしてくれたので、支度にはずいぶん時間がかかってしまった。
お父様が共に来ていないのは、「これは侯爵ではなく娘によるあくまで私的な訪問ですよ」という事を示すポーズだ。
本当はお母様にも屋敷で待っていてもらいたかったが、私は今世ではこれが城への初訪問だ。まだ10歳の私が使用人だけを連れて初訪問は常識的にありえないので仕方がない。

衛兵に身分を名乗り、迎えに来た女官に軽くチェックなどを受けた後、案内されて城内を歩く。
久々に歩く城の廊下は、記憶よりもずいぶんと広く大きく感じた。前世に比べて私の身長が縮んでいるからだろう。
やがて通されたのは、王子が私的な面会の時によく使う小さめの応接室だった。小さめと言っても王族レベルでの小さめなので、うちの屋敷の応接間くらいはあるのだが。
リナライトもここに来る機会は多かったので、懐かしくてついキョロキョロとしてしまい、お茶を淹れている女官に微笑ましそうな目で見られた。物珍しさだと思ったのだろう。恥ずかしい。

お茶を飲みながらしばし待っていると、応接室の扉がノックされ、殿下が姿を表した。
「ごきげんよう、殿下。本日はお招きいただきありがとうございます」
「ごきげんようございます、殿下」
美しいカーテシーで挨拶をするお母様の横で、私もドレスをつまみカーテシーをする。いつ殿下にお会いしてもいいようしっかり練習しておいたので、きれいな姿勢になっているはずだ。
「ああ。一月ぶりだな」
記憶の中と変わらない無表情でうなずいた殿下に再び懐かしさがこみ上げてくるが、泣くのは絶対に我慢だ。
私はぐっと気を引き締めると、殿下と向かいあわせのソファに座り…殿下の斜め後ろに立つ少年に視線を吸い込まれた。
私よりもいくつか年上の、後ろで一つに結んだ鮮やかな赤毛が印象的な背の高い少年。その髪色や面立ちには、見覚えがある。
私の視線に気づいたのだろう、王子が少年を紹介してくれた。
「彼は僕の従者、スピネルだ」

名前を聞いて思い出した。
彼はスピネル、ブーランジェ公爵家の四男のはずだ。
武闘派で有名な家の末子で、剣の腕が立つ。学院では2つ上の学年だったのでそれほど親しくはなかった。有能ではあるものの、どうにも軽薄な印象がある男だったと記憶している。

私は思わず呆然としてしまっていた。
リナライトはいないのだから、別の者が王子の従者になっているのは当然だ。だけど、なぜか今の今までその事が頭からすっぽ抜けていた。
殿下の後ろに立っているのが私ではないという事実に、私は自分でも驚くほどに衝撃を受けていた。

「スピネル・ブーランジェです」と頭を下げたスピネルは、私が凝視しているのを見て怪訝な顔になった。
「何か?」
「あっ…!い、いえ!何でもありません」
慌てて笑顔を取り繕う。衝撃を受けている場合じゃない、今日は殿下に会いに来たのだ。

「先日は大変失礼をいたしました。改めて、お詫び申し上げます」
すっと頭を下げた私に、殿下が小さくうなずく。
「ああ。君の父上からも丁寧な手紙をもらった。別に気にしなくていい」
「ありがとうございます!」
殿下から直接に許す言葉をもらい、私はほっと安心した。横から見ていたお母様が、うふふと笑いながら口を挟む。

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