四話
視点は切り替わって、同時刻の図書室。
「斉藤。守矢って知ってる?」
「守矢コウタロウくんでしょ? 知ってるよ、割と有名だし」
カウンター内で自身の髪をいじっていた恵那に、本から顔を上げずにリンは問いかけた。
(有名なのか……)
別に深い意味は無い。同じ図書委員として、一番身近な男子生徒である彼の様子がここ数日…しいて言えば昨日から少し違ったため、何となく話題に出しただけだ。
図書委員などはこれといって特別な仕事は無いため割と楽なのだが、今のリンのようにカウンターで貸し出しと返却の窓口として放課後時間をつぶされてしまうため人気は無い。転校生のコウタロウは、これ幸いとばかりに空いていたポストに突っ込まれた形で図書委員にされてしまった。
互いに本が好きで、他人に干渉しすぎない性格ということもあって、二、三度一緒に業務をこなすあたりで自然に連絡先を交換した。今では互いにお勧めの本を貸し借りしあう程度には仲がいい。
「リンが男子の話するなんて珍しいね。もしかして……リンにも春?」
「ちがう。ただ最近ちょっと変わった、っていうか……」
あー、と返す恵那。
心当たりはめっちゃある。話題に事欠かない人物と言う意味で、恵那はコウタロウのことが気になっていた。
「確かに、昨日から凄い明るくなったというか、元気になったよね。マラソン大会に加えてまた一つ話題が増えたってクラスの子も言ってた」
「そうそれ……ってマラソン大会で何したんだよあいつ」
昨日の放課後、かつてない穏やかな明るい表情で「明日の当番代わってくれ」と頼まれたときは、「なんだこいつ!?」と思わず言葉が漏れた。
コウタロウが明るくなった原因はなでしこなのだが、それは二人が知る由もない。
先月にあった山梨マラソン大会(フルマラソンの部)では、偶々通りがかった彼が選手と間違えられ成り行きで出場するも先頭集団をぶっちぎってゴールするというインパクトある(?)記録を残したため、一部生徒と陸上部顧問の間で盛り上がった。
他にも、富士川に流される猫を発見するや南部橋から飛び込むがあれはどうみてもただのぬいぐるみだったとか、眼鏡をかけているのに視力検査をしたら視力2.0あったとか、夜遅くに甲府市内(本栖高校辺りから60km離れている)を自転車で爆走する姿を見たとか、泣いてる子供に飴を与えていたとか、話題に事欠かない男である。
「なんでだろうねー。あ、そういえば今日静岡から転校生が来たって言ってたけど、もしかしてその子が関係してるのかな。偶然知り合いだったとか」
恵那が顎に人差し指をやって考えるが、すぐにリンはないないと手を振った。
「静岡だって広いんだから、そんな偶然あるわけないでしょ」
「まあそうだよねー」
結論を求めた話題でもないため、そのまま話は流れ、人もまばらな放課後の図書室は穏やかな時間が流れていく。
「あ。噂をすれば、あそこにいるのコウタロウくんじゃない?」
と、恵那が窓の外を指さす。
つられてその方を見れば、確かにジャージ姿のコウタロウが数人の生徒たちと中庭で何やら作業をしていた。ここ数年ですっかりと見慣れたポールだったり、フライシートだったりを持っているところから察するに、テントを設営しようとしているのだろうか。
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