発芽
少年は英雄を夢見ていた。
『じゃあ、行ってくるわね。良い子にしてるのよ?』
『はーい!行ってらっしゃーい!』
きっかけは、母親であった。
母はウルサス正規軍に属し、“悪”を倒す正義の味方であった。
窃盗から殺人まで。悪事を働いたものは勿論。
存在そのものが“悪”と定義される感染者まで。
幼き少年はその常識を疑いもせず、母を正義の味方だと信じ、尊敬していた。
『感染者一名確保しました。子供です』
しかし、そんな平和に突然終わりが訪れた。
目元に現れた黒光りする異物。
それが何か知っていた少年は、自分が“悪”に落ちたのだと自覚した。
皮肉なことに、“正義”に憧れていた少年は、“正義”によって罰を受けることとなった。
自分を捕らえた男のせめてもの慈悲か、少年はその場で殺されることはなかった。
『とっとと働けノロマども!テメェらはもう人間じゃねぇんだ!』
しかし代わりに連れられた先は過酷な労働施設。
そこに人権はなく、故に彼らは物として扱われた。
少年もまた、同じ道を辿ることとなった。
少年はある日、小さな疑問の種を持つこととなった。
“正義とは何か”
自分は何か悪いことをしたのか。
感染者というのはなぜその存在そのものが悪なのか。
この世の理不尽を知った少年の心の中で、疑問の木は止まることなく育ち続けた。
母は本当に“正義”だったのか。
自分は本当に“悪”だったのか。
その答えはすぐにわかることとなる。
“ドルトン源石加工工場襲撃事件”
たった数人の感染者によって引き起こされたこの襲撃に、少年は本物の正義を見た。
『しけた顔すんなよ。さ、一緒に行こうぜ!』
薄暗い部屋から救い出してくれた小さな英雄。
『さあ、恐れずに握ってください。貴方には権利がある。支配と言う鎖を断ち切り、自由を得る権利が。共に行きましょう』
暗闇に満ちた目の前を明るく、道を示してくれた美しい英雄。
これこそが本物の“正義”だ。
『やめろ!こんなことをしてタダで済むと思っているのか!やめろ!くるな!くるなぁぁぁぁ!!!!』
偽りの正義を切り捨て、少年はやっと自らが進むべき道を見つけることができた。
そして少年は家族を得た。
感染者になろうとも、どんなことがあろうとも、共に歩み、共に助け合う本物の家族を見つけることができた。
鉱石病によって片目の視力が極度に低下し、さらに記憶力に障害が現れようとも、彼はその大切な家族を見間違えたり、忘れてしまうことはないだろう。
少年にかつての“一般的な”自由は、もうなかった。
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