8.礼節を語れるのは裕福な者だけである
「久しぶりだな、マルバ。随分羽振り良くやってるみたいじゃねぇか」
「え、ええ。お陰様で何とかやってます」
女をしなだれかからせた優男が、親しげな様子でマルバへそう話し掛ける。俺はその横で出された茶を暢気に啜っていた。
「お前さんから話があるなんて連絡がまさか来るとはなぁ。輸送業からは手を引いたもんだと思っていたが」
勿論男が言う輸送は真っ当なものではない。彼の名は、名瀬・タービン。タービンズと呼ばれる、所謂御法に触れる運び屋のトップだ。ついでに言えばタービンズは木星圏に一大勢力を築き上げている、テイワズという反社会勢力直轄の組織という肩書きも持っている。真面目に生きようと考えるならば、まずお近づきにはなりたくない、ならない方が賢明なお相手と言えよう。
「さ、最近事業を拡大しまして。その、良ければご相談をと」
震える声でそう告げるマルバを、彼は愉快そうに目を細めて眺めつつ口を開く。
「へえ、そいつは最近噂になってる海賊狩りと関係があるのかい?」
その言葉に音が聞こえてきそうな程身を強張らせるマルバ。おいおい頼むぜ社長。相手はこの辺りを縄張りにしている運び屋、商人だぞ?その位の情報収集はしていて当たり前だろう。冷や汗を掻くマルバの脇を小突いて再起動させる。彼はポケットからハンカチを出し、頻りに額を拭うと、真面目な表情で名瀬を見た。
「我が社も全く無関係とは言い難いですね。最近ウチはサルベージ業に手を出していまして」
「そいつはまた博打に出たな」
「少々会社がでかくなりすぎましてね。警備や人材派遣だけでは人が余っちまうんです。そん時に以前、名瀬さん達から買わせて頂いた船のことを思い出しましてね?遊ばせておくくらいなら、何か使えやしないかと」
「そんでゴミ拾いって訳かい?普通に輸送業じゃなく?」
「そ、それはその…」
言葉に詰まるマルバを見て、俺はカップを机に戻すと努めて友好的な表情を作りながら名瀬に話し掛けた。
「失礼、私からご説明させて頂いても?」
「ああ、アンタは?」
「申し遅れました。私はCGS社長相談役を任じられておりますマ・クベと申します。以後お見知りおきを」
「へえ、噂の相談役さんか。聞いていたより普通の人間だな」
普通って、一体俺は世間で何と言われているんだ。咳払いをして俺は説明を始める。
「火星から地球圏への貿易の殆どはオルクス商会が担っています。つまり今更大口の顧客を捕まえる事は難しい上に、例え捕まえられても応じきるだけの輸送能力を我が社は持ち合わせておりません。そこで目を付けたのが、デブリ帯のエイハブリアクターでした」
「はは、誰もが一度は考える一攫千金だな。実行する馬鹿は初めて見たが」
「本気でやろうと考える者がいなかったというだけですよ。それなりの投資と準備はしましたが実際に成果は上がっています」
「…へえ?」
「ですが如何せん物が物です。欲しがる連中には事欠きませんが、安易に流して世を乱すのも本意ではない」
俺の言葉に、名瀬は目の笑っていない笑顔で返事をしてきた。
「ならギャラルホルンに届けりゃ良い」
「それこそ冗談でしょう。持っていったところで回収されて終わりです、礼の一言があるかすら怪しい。我々は営利団体であってボランティアではありません」
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