暗躍する影
討論会の前日の夜。
達也と深雪はある場所を訪れていた。
夜だというのに明かり一つついていない寺。そこには人がいるとは思えないほどの静けさ。インターホンや呼び鈴もない。玄関の引き戸を開けて来訪を告げようとするが、引き戸に手をかけたと同時に、縁側の方から声がした。
「達也くん、こっちだよ」
達也の袖を掴んでいる深雪がビクッと震えていた。
ここがただの寺なら、達也も苦笑いを浮かべていたところなのかもしれないが、少なくともここはそういうところではない。そのほとんどがお世話になっているこの寺の住職が原因なのだが。
縁側へと歩を進めると、件の人物は縁側に腰かけていた。
九重寺住職・九重八雲。高名な忍術使いであり、由緒正しき『忍び』。達也の体術の師匠でもある。
軽く挨拶をしたところで、本題に入ろうと思った瞬間――
「達也くん、見られてるよ」
他でもない八雲から言われた。
すぐさま周囲を見渡すが特に気になるようなものはない。
またお得意の悪戯か、と思ったが一向に彼の鋭い目つきが緩むことはなかった。答えを見出せずにいると、八雲が口を開いた。
「達也くんの背中に『式』がついてるね。こっちに向けるといい。取ってあげるよ」
からかっている、という声音ではないのはすぐに分かった。八雲の言う通りに背を向ける。
八雲が背に触れると、背中から何かが剥がれるような感覚がした。
「師匠、それは?」
「簡単に言えば式神だね。式とも呼んでたりする」
青く光っていた札が、白紙へと戻る。
「とはいっても、達也くんにこれを着けた人間は、君に危害を加えるつもりはないみたいだね。外したのは間違いだったかな? とはいっても、これは君にとって邪魔になるだろう。この式の処分は僕に任せてもらっていいかな?」
八雲がここまで自主的に言い出すのは珍しい。
「その前に、式神についてもう少し詳しく」
「古式魔法の一種。この紙に記された文字や符号は、古式の魔法師が使用する呪符などに似ているけど、この場合は式神そのものを示している」
「その式神は何の役割を?」
「それは僕にも分からないけど……君のことを知りたがっているのは間違いないんじゃないかな」
監視、という単語が達也の脳裏を過った。
警戒すべきことが増えたのにはため息をつきたくなったが、それを抑えて本来の目的を果たす。
八雲は二人が座ったのを見て、
「司甲。旧姓、鴨野甲。
両親、祖父母、いずれも魔法的な因子の発現は見られず。普通の家庭ではあるけど、実は賀茂氏の傍系に当たる家だ。血はかなり薄いんで、普通の家庭と言っても差し支えないんだけど、甲くんの『目』は一種の先祖返りだろうね」
前置きなしに、淡々と語り始めた。
「俺が司甲の調査を依頼すると分かっていたんですか?」
「いや、依頼に関係なく、彼のことは知っていたよ」
「何か理由が?」
「僕は坊主だけどね。同時に、いや、それ以前に僕は忍びだ。
水がないと魚が生きていけないように。常に情報を集めていないと忍びは生きていけないんだよ。
とりあえず、縁が結ばれた場所で問題になりそうな曰くつきの人間は調べるようにしている」
「俺たちのこともですか?」
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