矢幡秋水という男
「矢幡秋水。単刀直入に言えば彼は数字落ちだ」
「数字落ち……ですか」
数字落ち。
魔法師がまだ兵器であり実験体であった頃、魔法技能師開発研究所で、成功例として数字が与えられていながら、成功例として相応しい実績を上げられなかったとして、数字を剝奪された魔法師の家系に捺される烙印である。
剥奪の理由は様々であり、彼らは魔法師のコミュニティで厳しい孤立を味わっている。
それもあってか、現在は「数字落ち」という名称を公式に使用することが禁じられている。また、「数字落ち」を知っている者は、現代魔法の闇の面も少なからず知っているということになる。
「彼の家は『八幡家』。八の数字を冠している家だ。本来なら北九州の方にいるのが普通なんだけど……第一高校に通っているのは、彼の家で起きた事件が原因だろうね」
「その事件とは……?」
深雪の問いに、八雲は少し口を噤んだ。
それを言うのは躊躇いがある、とでも言いたいのだろうか。プライバシーを思いっきり侵害する坊主であったとしても。
「教えてください」
「あんまり平気で言えるものじゃないんだけどねぇ……
ある事件というのは今から七年も前のことだ。彼の家で、とある催しがあったらしい。どんなものかは分からないけど、八幡家の縁者を含んだ数多くの人がその催しに参加していた。
……参加していた人全員、正確には秋水くんを除いて、催しに参加していた人たち全員が惨殺されたらしい」
八雲の言葉に深雪は彼の顔から視線を逸らした。
あまりにも受け入れがたいその言葉に、達也も眉を顰める他なかった。
「犯行に及んだ者は未だに分からない。分かるのは、惨殺された人たちは刃物によって切り殺されたことぐらいだ」
「それで、矢幡は?」
「警察はすぐに来た。二十人ほどの死体の真ん中に、彼は茫然とした様子で血に塗れながら立っていたらしい。もちろん、すぐに病院に連れていかれた。けど、彼の精神は既に崩壊していたらしい」
無理もない。家族を含め、縁があったであろう人たちが目の前で死んでいったのだろう。事件が起きたのが七年前なら、彼は当時八歳ぐらいのはずだ。魔法を使って戦闘をするには幼すぎる。
目の前で家族が死んでいくなど、受け入れられるはずもない。人間としての防衛本能が起きただけ最悪の事態は免れたと言っていい。
「精神の集中治療のために、彼は半ば植物人間の状態で、東京に移された。もうこれ以上、八幡家には発展も望めなくなったと判断した第八研は数字の剥奪を決定。彼の姓は君たちの知る「矢幡」となった」
悲惨、としか言いようがないだろう。
深雪は手を口に当てて、言葉を失っている。
「運が良いことに、彼は一か月ほどで意識を取り戻し、すぐに退院している。それからは八幡家の財産を継いで、一人暮らしをしているみたいだね」
八雲の語りが終わる。
悲惨な過去を経験しながらも、あれだけの振る舞いをしているのは、彼の心が強靭ということか。普通なら精神に異常をきたしていそうなものだが。
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