ハーメルン
身に覚えのない「妻」と「娘」を名乗る不審バの狭間に
「お目覚めは如何かね、君」



「お目覚めは如何かね、君」


横合いから掛けられた声。
恐る恐る目を開いていく。
先程まであれほど劇物じみた痛みを齎していた光は、いつの間にか柔らかくなっている。

ぼんやりと、ゆっくりと目の焦点が合っていく。

ゆっくりと描き出されていくのは、特徴的な輪郭。
ぴょこんと飛び出した菱形が二つ、上に乗っかったその姿。

時間を掛けて、ようやく目が機能を取り戻していく。
それにつれて、徐々に輪郭が、細部が鮮明に像を結んでいく。

やや濃い色をした癖のある栗毛の、ウマ娘だった。
どうもやや不敵にと言えばいいのか、にやにやと口の端を歪め、しかしどこか心配そうにこちらを覗き込む姿は、ウマ娘に他ならない。

しかし、何故?
思わず、ある程度自由を取り戻した目を酷使して周辺を見渡すが、どれもこれも、見慣れないものばかり。

体調不良を拗らせて病院にでも運ばれたのだろうか。
その割に、体調自体は良好というか、どこにも痛みはない。
身じろぎしようとして、妙に体が重いことに気がついたぐらいだろうか。

だが、それでも暈けた視界といまいち言うことを聞いてくれない体は、明確に異常を訴えているように思えた。

焦っていた、と言ってもいいだろう。

だからこうやって、考えなしに言葉を発するのだ。

「……え? どなたですか?」と。

細められていた深い赤色の瞳が大きく開かれたのを見て、私は何かしらの失敗を悟った。
ぱたり、と水滴が手の甲に落ちる。
それと同時に、よほど驚いたのか胸元まで上げられたその手。細く白魚のような指に、細い指輪が嵌っているが目に留まった。
どこかぼんやりと「ウマ娘はいくつになっても若々しくていいなあ」と思った。

そして。

「えーっ!?」

大きな声が、私の鼓膜を酷く殴打したのだった。









『身に覚えのない「妻」と「娘」を名乗る不審バの狭間に』

第一話:「お目覚めは如何かね」

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