ハーメルン
身に覚えのない「妻」と「娘」を名乗る不審バの狭間に
「変……天才だよ」
「これが……娘……?」
何故か机の下で横たわる少女。
ほぼ白目を剥きかけたような表情をしており、身動き一つせず、物音一つ立てずに横たわっているこれが家族だと、タキオンは言った。
赤いどてらに、額には冷却シート。風邪でも引いたかのような出立ちに、この表情。
よだれが床に水たまりを作っていないのは救いか。
……いや。
覚悟は決めたつもりだった。
隣に座るタキオンの夫として、ただいまと口にしたあの瞬間に、ある程度の覚悟は決めたつもりでいた。
しかしこれは。
……いや、待て。
もしかすると、ひょっとして、だんだん可愛く見えてくるのでは?
曲がりなりにも私の娘……という事だし、親の贔屓目というのが仮に作用するのであれば、床に倒れて伏してぴくりとも動かないこの少女が愛らしく見えてくるのではないか。
よく見ると面影があるのではないだろうか。
耳飾りとかその辺に。
五分ぐらい考えてみたが、ちょっとこれはひどい。
「……タキオン。これは、何というか……」
「彼女はアグネスデジタルと言ってねえ」
今アグネスと言ったか?
いかん。本格的に家族紹介が始まりそうだ。
どうしよう。
これを受け入れるのか、私は。
というかこの……なんというか、その。
いや、考えるだけ無駄なことではある。
なにせ、娘だ。私とタキオンの。
どう足掻いてもこの現実から逃れることはできない。
すごい顔をして失神しているこの少女を娘として受け入れなければならないのだ。
タキオンの娘だけあっておそらく真顔になっていれば美形であることは間違いない。
ウマ娘に生まれた時点で大概整った顔をして生まれてくるが、それでも尚、美少女と読んで差し支えないだろう。表情さえ引き締めてくれていれば。恐らくは。
しかしどちらに似たのかはさっぱり不明だが、もう見ただけでわかる。絶対に奇矯な性格をしている。そしてそれはどう考えても私に似たのではないと信じたい。
ここまで考え、思考の迷路に行き詰まった。
どのみち受け入れなくてはならないはずなのに、何故だろうか。ちょっと嫌である。
どうしたものか、と考えていると、タキオンが含み笑いを漏らした。
「……私の親戚だよ。ワンフロア下に居を構えていてね。君がいない間に差し入れなどマメにしてくれていて大変助かっていたんだ」
それを早く言ってくれ。
あとそういうところで茶目っ気は出さなくて良い。
暫くして。
「ほわぁっ⁉︎ ふぎゃっ⁉︎」
突然覚醒したアグネスデジタルさんは電流でも流されたかのような勢いで飛び起きると、その勢いで強かに机の裏面に頭を強打して。
そのまま再び昏倒した。
額を強打した際に机がふわりと浮き上がったことを申し添える。
ウマ娘の膂力は凄まじいものがあるとトレーナー養成過程やサブトレーナーを経験したおかげで知ってはいたが、それにしたって跳ね起きてぶつかっただけで重厚なダイニングテーブルが浮き上がるとは思いもしなかった。
ウェイトの関係か、ぶつかった側であるアグネスデジタルさんは跳ね返って床に叩きつけられ、びくんびくんと魚のように痙攣して再び意識を手放している。
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