10 我儘
その日の夜。
自室でオニャンコポンにブラッシングをかけながら、思い浮かぶのはアイネスフウジンの顔。
『──同情はやめてほしいの』
気丈にもそう言い切った彼女の顔が、脳裏から離れない。
同情。そういう表現もあるだろう。
確かに俺は彼女の境遇に同情したかもしれない。だが、それは決して、金銭的な問題を抱えていることへの同情ではない。
彼女が走れなくなってしまうことへの喪失感だ。
あの、疾風のような彼女の輝く逃げ足が、見れなくなる?
たまたま運が悪く、金銭的な理由が重なってしまったから、などという理由で?
……世界的損失である。
俺は、それを何とかするために…金銭的な援助ではない方法で、何かできないかと模索していた。
金銭的な支援こそ、彼女は受け取らないだろう。彼女の家族もまた同じだ。その行為に何の理由もない。
ではどうすればいいか。答えはシンプルだ。
彼女に担当のトレーナーがつけばいい。
そのためには次の選抜レースで、彼女が勝てばいい。
そうして、メイクデビューの最初の開催時期…6月までに、勝ち切れるウマ娘に仕上げればいい。
それができるトレーナーは誰だ?
俺だ。
「……けど、な。ただのわがままなんだよな、これ…」
そう、わかってるんだ。わかってるんだよ。これが俺のわがままだっていうことは。
流石に退学を悩むほどまではいかなくとも、同じようにスランプに陥り、悩んでいるウマ娘なんてそれこそ沢山いる。
勝者には栄光が与えられるトゥインクルシリーズだが、その陰に何倍もの敗者が存在しているのだ。
それらすべてを助けるなんてことは俺にはできないし、ルドルフだってできないし、たとえ三女神にだってできないだろう。
明確に勝者と敗者が生まれるこの競争社会では、大なり小なり、こぼれ落ちるものはある。
だが。
それでも。
「知っちまったんだよなぁ…!」
俺が、アイネスフウジンと出会ってしまったのだ。
そして、知ってしまった。彼女の事情を。今にも失われそうな輝きを。
それを、掬いたい…俺の掬える範囲のウマ娘を救いたい、と思うのは…罪なのだろうか?
「なぁ、どう思うよオニャンコポン。俺は……どうすればいい?」
俺は両手にオニャンコポンを抱えて、もやもやした悩みを投げかける。
オニャンコポンからは、ニャー、といつもの鳴き声しか返ってこない。
しかし、俺にはその鳴き声が、やりたいようにやれ、と言っているように聞こえたのだ。
そう、そのように聞こえた。
もちろん俺には猫の言葉なんてわかるはずもない。
つまりこれは、俺が本当にやりたいことを猫に代弁させたに過ぎない。
そう、俺はアイネスフウジンを救いたい。
掬いあげてやりたい。
「……だよな、OK。やれるんならやらなきゃな」
決意は固まった。
だが、その決意をした次に、考えるべき問題がある。相談するべき相手がいる。それは忘れてはいけないこと。
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