Stage.9.5 Border Breakers
<REAL SIDE ANOTHER>
——彼は「勇者」となるべく育てられた。
勇者は常に、慈愛に満ちた存在でなければならない。特定の人間に愛を傾けず、世の中のすべての人間を平等に慈しみ、他人を助け、他人を優先し、他人の非を許せる優しさを持たねばならない。
また勇者は、憎悪や嫉妬などの醜い感情を持ってはならない。他人を憎んだり、ねたんだりするのは「悪」であり、そのような感情はみずから速やかに排除し、自省できる人間でなければならない。
また勇者は、清廉潔白でなければならない。俗人と同じ劣情を持たず、他者の感情に左右されず、泰然としていなくてはならない。
また勇者は、他者に弱さを見せてはならない。常に平静な状態を保ち、どのような問題にも完全に対処できなければならない。
また勇者は——。勇者は——。勇者は——。
世は文字通りの暗黒時代。
竜王の魔力によって陽の光は厚い雲に遮られ、真昼でも夜のように暗い日々が続いた。人々は魔物に怯え、寒さに震え、飢えに苦しみ、ただじりじりと滅亡の道へと追い込まれていくだけだった。
英雄が必要だった。絶望の淵に追い込まれた人間たちが、最後の心の希望としてすがりつくための存在が必要だった。
ゆえに、本来は結果論であるはずの「勇者」をゼロから作り上げるという行為が、どれほど不自然なことなのかも、誰一人気づくことはなかった。
伝説の再来から、救世の終わりに至るまでの間……誰一人として。
◇
腹に突き刺した鉄杭を、さらに正確に蹴りつけてきた相手の格闘センスに、アレフィスタ=レオールドは内心で舌を巻いた。ただのガキだと思ったが、なかなかどうしてやるじゃないか。さすが伝説の英雄、そうでなければ倒し甲斐がない。
「なあ、本当に大丈夫なのかよ、アレフ。くそ、あの野郎なんなんだよ」
傍らで不安そうにしている少年は、さっきから同じことを繰り返している。
「わけわかんねえよ。なんでいきなし強くなんだよ。タツミの野郎、運動しんけーとかそんな悪くなかったけどよ、あんなんじゃねえよ。なんなんだよ」
「少し黙れ」
いい加減うっとうしくなり、アレフは低い声で呟いた。少年はビクッと肩を震わせると、顔色をうかがうように上目遣いにアレフを見つめた。
「わ、わかったよ」
どうにも使えそうにないヤツだ。未だにあれが別人だと気付いていないのも鈍すぎて呆れるが、ここは説明してやることにする。
「あいつは、お前が言うミツハラタツミという人間じゃない。俺と同じく、ゲームの世界からこちらに来た人間だ」
「なんだと!?」
大声を出す少年を、人差し指を唇に当てて黙らせる。
「たぶん、ミツハラタツミと入れ替わったんだろう。俺が、お前の妹と入れ替わったのと同じように、な」
少年の名はエージ……一條栄治という。『現実』に来て最初に出会った人間であり、自分が入れ替わりのために犠牲にしたプレイヤーの実の兄である。
妹が異世界に飛ばされたにも関わらず、こいつは「すげぇ!」を連発し、自分に常人以上の力があると知るや、「タツミというガキを半殺にしてくれ」と頼んできた。話を聞けばそれなりの情状はあり、衣食住の世話から武器の調達までおこなってくれたことへの礼として引き受けたのだが——それがまさか、偉大なるご先祖様だったとは。
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