2話 決意
「いやー面白かった。アスナの恥ずかしいフォルダがまた潤ったな」
「消せ! さっさと消して! ほんと、お願いだから!」
「何言ってんだよ。将来の良い話題になるじゃん。いつか『あの頃は若かった』って笑い話になるさ」
「話にしたくないって言ってるの!」
アスナの喚き声を無視し、ジュカインをボールに戻したアスカは慣れた手つきで端末を操作し、データを整理している。
というかちょっと待て。こいつフォルダと言ったのか? つまり今の動画の他にも恥ずかしいものがあるというのか。
「いいじゃん。アスナがそれだけ今から本気で目指しているってわけだし」
幼馴染の言動にアスナが首を傾げる中、アスカがそう軽い調子でつぶやく。
いつもこうだ。
アスカは揶揄う事はあるものの、アスナの『祖父の後を継ぐ』という夢を馬鹿にしたりはしない。むしろ本気で応援している。誰よりも、下手すればアスナ本人よりもずっと。
「……よくないよ」
「ん?」
「結局、ただ目指しているだけじゃ夢物語で終わっちゃう」
いつもならば『ありがとう』と受け流していたことだろう。
だが今のアスナにはその言葉が気にかかった。彼の姿がまぶしく見えた。
彼以外の人間が相手だったならば絶対に口にしなかったであろう弱音が思わずこぼれてしまう。
「何かあったのか?」
「……さっきポケモンニュースで流れてきたの。ジョウト地方、キキョウシティのジムリーダーにハヤト君が就任したって」
「おっ。ハヤトか。懐かしいな、セキエイの予選以来か? 朗報だな。今度祝福のメッセージ送っておこ」
アスナの知らせを受けてアスカがそう笑みを浮かべた。
ハヤトとはかつてアスカやフウロが参加したポケモンリーグで会話を交えたトレーナーだ。年齢が近い彼も父親がジムリーダーであり、アスナは同じジムリーダーの後継者として親近感を抱いていた。
「そうだよね。皆すごいよ」
「アスナ?」
「皆、ハヤト君もフウロちゃんも立派に夢を叶えてる。なのに、私はまだ未熟なままだ」
『アスカだって』という言葉は飲み込み、アスナはたまった暗い感情を打ち明けた。
近しい年代の少年少女が自分よりも早く理想を実現させたという知らせは彼女にとっては良くも悪くも影響を及ぼしていた。
祝福したいという気持ちと同時に耐えようのない焦りがこみあげてくる。
「わたしなんてずっとこの街で鍛えてはいても、全然まだまだだもん。ジムの皆だって私よりずっと強い人ばっかり。それが悔しくて」
そこで言葉を区切ると、アスナは組んだ両腕の中で頭を抱え込む。
フエンシティの中ではアスナも強いトレーナーの部類には入るだろう。
だがジムリーダーやジムトレーナーと比べると話は変わってくる。
将来、このジムを受け継ぐ身としては、何か変わるきっかけが欲しい。皆に追いつきたい。その思いばかりが込み上がるものの、そんな奇跡は起こらず気持ちだけが先走る。
「だったらアスナも旅に出てみるか?」
「……えっ?」
悩むアスナに、アスカはそう淡々と提案する。
「旅って、確かにわたしは旅に出た事はないけど、それで変わる?」
少なくともアスナは今の環境には不満を持ってはいない。
祖父のジムリーダー、幼馴染であるアスカ、長年街に住んでいたことで絆を築いたジムトレーナーと時折トレーニングを行える今の環境は、むしろ人よりも恵まれていると言えるだろう。
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