ハーメルン
かわいそうなのはぬけない
VS催眠おじさん

夜。
とっぷりと陽が落ち、重たい濃闇の広がる時間帯。

街を彩る明かりも殆どが消え、残る光は点在する街灯と、夜空に浮かぶ小さな月だけ。
こんな暗がりを出歩く奇特ものなどそうは無く、がらんどうの街中は只々しんと静まり返っていた。

――だが、そんな静寂を乱す足音が二つ。
一つは人の駆ける音。そしてもう一つは――人ではない何かの駆ける音だった。


「はぁっ、はぁっ、ぁ、ひゅっ……!!」


路地を覆う闇間から、少女が一人飛び出した。
着崩した制服を纏った、高校生くらいの少女だ。
その顔は恐怖に引き攣り、涙と鼻水に塗れ。足を縺れさせながら、必死に何かから逃げていた。


「ひっ、はぁ、は、っ、うあ!?」


しかし、相当に疲労が溜まっていたのだろう。
突然少女の膝が崩れ落ち、そのままアスファルトへと転がり込む。体のあちこちに擦過傷が刻まれ、悲鳴が漏れた。


「う、ぐ……!!」


少女は痛みを堪え、すぐに起き上がろうとするものの、震える足には力が入らず――そうこうする内、その背中に大きな影が被さった。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」

「ひっ……! やだっ、や、あぐッ!?」


それは『人ではない何か』としか形容できないものだった。
犬のようでもあり、トカゲのようでもあり。なのに人間のようにも見える、奇妙な形をした獣。
甲高い鳴き声を上げるそれは二本の腕で少女の身体を抑え込み、地面へと強く押し付ける。


「あ……ぅ……たす、たすけ……!!」


華奢な少女の身が軋み、肺の空気が押し出される。
そうして霞み始めた意識の中、少女は自身の衣服が引き裂かれる音を聞いた。
それの意味する事など考えるまでも無い。先程とは別の恐怖に襲われた少女は、せめてもの抵抗として身を捩るが、そんなもので拘束を抜けられる筈も無く。


「や、だ……やだっ、やだっ、やだぁ……!!」

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ――!」


獣欲の吐息と共に、おぞましい感触をした『それ』が暴かれた少女の下腹部にあてがわれる。
直後に襲い来る絶望を悟った少女は、涙を流しながらきつくきつく目を瞑り――。



「――葛の葉、金の蔓」



突然、涼やかな声が響き。獣の動きが止まった。


「ハッ、ッガァ……!?」


否、止まったのではなく、止められたのだ。
獣の四肢にいつのまにか植物の蔓が幾本も巻き付き、骨を折らんばかりに締め上げていた。


「……ああ、よかった。間に合った」


拘束を解かんと暴れる獣をよそに、道先の暗がりから現れる影があった。
薄い月明かりに照らし出されたそれは、またも年若い少女のもの。
青竹色の和装を纏い、艶やかな黒髪に薄月を映し。花のかんばせには安堵の笑みが浮かんでいる。
獣を縛る植物の蔓は、彼女の足元より伸びており――次の瞬間、勢いよく収縮した。


「ガッ!?」


獣の身体が宙を舞い、和装の少女の下へと引き寄せられる。
彼女は自らに迫る巨体を眺めつつ、懐からそっと長方形の紙を取り出した。

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