ハーメルン
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10:名家の手紙

 俺がトレセン学園に勤務するようになってから、二ヶ月が経過した。

 担当ウマ娘であるダイヤに対して、俺は少し前までは考えられないほど熱心に指導に当たっていた。

 身体作りのための基礎トレと、フォームの矯正に重きを置いたメニューを根気良く続けること一ヶ月半。

 その成果が徐々に現れ始めていた。

「矯正したフォームもだいぶ板に付いてきたな。どんな感じだ?」
「はいっ! 以前よりも軽い力で走っている感覚なのに、グンと前に進んでいる気がします!!」
「良い傾向だな。不自然な力みが抜けて、効率的な走りができている証拠だ」

 目下の課題であったフォームの矯正点は、意識した状況下であれば、これ以上指摘する必要のない水準に達していると言っていい。

 しかし依然、集中が乱れればフォームが崩れてしまう問題を抱えているため、気を抜くことはできない。

 今月末にメイクデビューを控える俺達は、無意識下でのフォームの維持と、必要となる技術の習得に力を注いでいた。

「序盤のコーナーを曲がるときは、常に身体の軸を意識しろ。外側の肩を少し開くような感覚で、遠心力を外に逃すイメージを持て」

 差しの脚質で戦う以上、序盤はなるべくスタミナを温存したい。

 コーナーの走行は、直線の走行に対して苦手意識を抱くウマ娘が多い。なぜなら、身体を外へ外へと追い出す”遠心力”という要素が加わるからだ。

 レース序盤のコーナーは、遠心力に逆らわない消費エネルギーの少ない走法で切り抜ける。

「終盤のコーナーの場合、今度は外側の肩を内側へ入れ込んで前傾姿勢を作れ。遠心力を利用して、力強く芝を踏み込むんだ」

 遠心力の要素が加わるコーナーは、直線よりもより強い力で地面を蹴る必要がある。

 しかし、消費エネルギーが大きくなる反面、直線よりも地面から得られる力が増えるという利点が存在する。

 これを利用しない手は無い。

 遠心力を活かした力強い走法で、最終コーナーをラストスパートの助走区間として利用する。

 コーナーを走行する技術の習得は、メイクデビューで一着を取るために必要な最低条件だ。

 基礎トレーニングで体幹を強化し、ブレない軸を作る。全身の筋肉を発達させて、遠心力の負荷に耐える身体を作る。

 全ての段取りを最適にこなした上でようやく、必要最低条件を達成するためのスタート地点に立つことが出来た。

「最後の直線はとにかく脚を前に出せ。絶対背後に勢いを逃すな!」
「はいっ!」

 ラストスパートをかける最終直線は、風の抵抗を少しでも減らすために大きく前傾姿勢を取る必要がある。

 その際も身体の軸を一直線に保ち、上半身が生み出す力、下半身が作り出す力、地面がもたらす力を全て吸収して、前へと進む推進力に変える。

 これら全ての工程を的確に処理した上で生み出されるものこそが、最終直線で最強の矛となる”末脚”なのである。

「今の一本は悪くない走りだった。その感覚をメイクデビューまでに身体へ染み込ませろ」
「頑張りますっ!」
「休憩を挟んだら、次は坂路を走る。ポイントを復習しておけ」

 コーナーの身体使いに関しては、この調子で行けばレースで使える水準に達するだろう。

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