ハーメルン
魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero
Another Mission <新たなる異邦者>

その日の夜も、トリスタニアのチクトンネ街はいつものような夜の街としての賑わいを見せていた。
酒場では客達が酒やら料理やらを口にしながら陽気に歓談し合い、給仕達はせっせと客達への接客を続けている。
賭博場では平民達とは違い、財に恵まれた貴族達が昼間以上に集まって賭け事に夢中となる。
賭け事に勝ち喜びを露にする者もおれば、逆に負けて悔しそうに顔を顰めて負け犬のように立ち去る者もいる。

そんな毎日が続くチクトンネ街のある小さな酒場。
その日は珍しく貴族の客が一人、カウンターで酒を呷っていた。
だが、その貴族の客人に対して店内の人間達は従業員も含めて皆、変わった動物でも見るかのような視線を送っている。
いつも静かな酒場であるが、今日はそれよりもさらにしんと静まり返っていた。
「あのぉ、お客様。そろそろ、お止めになさった方が……体に毒ですよ」
カウンターで寝そべりながら空のグラスを手にする、眼鏡をかけた長い金髪の貴族の女性にバーテンが恐る恐る声をかける。
だが、女性は無言で空のグラスを差し出してくるとバーテンは仕方なく酒を注ぎ込んだ。
「バーガンディ伯爵さまぁ……」
すでに十杯目となるヤケ酒を呷り、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールは酒ですっかり赤く染まった顔をカウンターに横たえ、目元に薄らと涙を浮かべていた。
トリステインでも指折りの大貴族の令嬢にして、長女である彼女は王立魔法研究所の主席研究員という立場にある人間である。
だが、今の彼女にはそんな地位にある人間には見えない醜態ぶりを見せつけていた。
「あの貴族の女の人、どうしたのかねぇ」
「大方、男か何かが原因じゃないのかな」
「貴族も大変なもんだ」
ひそひそと、彼女に対する陰口が時折客達から発せられる。
彼女と応対するバーテンも、このような貴族の客とどう接すれば良いのか分からず困り果てる。
下手に怒らせようものなら、貴族の魔法が飛んで来るかもしれないのだ。
だから、彼女が酒をおかわりしようとした時に酒を注いでやることしかまともにできることはない。


そんな中、入口の羽扉がキイと静かに音を立てて開き、新たな客が姿を現す。
全身黒ずくめでコートを纏った長身の優男で、腰まで伸ばした黒い長髪の前髪の右側が顔の右半分を隠している。
「いらっしゃいませ」
新来の客と応対して、何とか緊張をほぐそうとバーテンはその平民の男へと顔を向けた。
「隣、よろしいですか?」
その客は、あろうことかエレオノールの隣の席へと座ろうとしていた。
従業員や客はその男の行動に目を疑う。見た所平民のようだが、貴族を相手にあそこまで堂々とできるとはどういうことか。
うつ伏せたままのエレオノールは酔った顔を、話しかけてきたその男へと向けて目を細めた。
「好きにすればいいじゃないの……」
投げやりに彼女が答える前に、男は勝手に席につくと開口一番、バーテンにこう告げる。
「何か甘い物でもありませんか」
「お客さん。うちは酒場ですよ?」
バーテンは意外な注文をしてきたこの男を馬鹿馬鹿しく思いつつも、同時に緊張をこれほどにほぐしてくれた彼に感謝していた。
「あいにく、うちはジュースなんか置いてないんですが。ミルクならありますがね」
「なら、それで良いです」
歳は20代後半といった所であるが、何でそんな子供が飲むような物を頼むのか。

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