ハーメルン
アーネンエルベの兎
白い兎は14歳②





「ヘファイストス様いますかー?」


覗き込むようにして、ベルは鍛冶神の名を呼ぶ。
場所は、北西のメインストリートにある【ヘファイストス・ファミリア】の支店。その三階にあたる執務室。ひょこっと特徴的な白髪を揺らして顔を見せたベルに、書類仕事をしていただろう女神は握っていた羽ペンの動きを止めてドアの方を見てきょとんとした顔をして返事する。

「あらベルじゃない、どうかした?」

 その前に、一応他派閥なんだからノックくらいしなさいと注意を付け加えたヘファイストスであったが、ベルはすぐに「5回くらいしました」と返してきたので彼女はそんなに集中していたのかと目を丸くした。持っていた羽ペンを机の隅に置き、サイン待ちの書類をほどほどに残して事務を投げ出し「入っていいわよ」と手招きをしてソファに座るよう促した。ぱぁっと表情を明るくしたベルは部屋に入るなりソファに身を沈ませて座り、机の上に革が張られたアンティークなトランクケースを置いて「どうぞ」とヘファイストス自らが居れたコーヒーに砂糖とミルクを入れて口付けた。机の上に置かれたトランクケースを見て「ああ、お遣いか」と女神も女神でベルが6歳の頃から知っているからこそなのか、何の目的で来たのかを察してにこやかに微笑んで対面のソファに腰を下ろした。

「珍しいじゃない、ベルが私の所に来るなんて。言っておくけど、弟子入りはダメよ? あんた、昔椿の工房で熱中症になって倒れたんだから」

「うぐっ・・・・・・わ、わかってますよ? 大丈夫ですよ、ヴェルフに簡単な手入れの仕方くらいは教えてもらいましたし?」

「あら、自分の武器を持っていないベルが武器の整備を覚えたの?」

「? 汚れを落としたりは・・・・」

「へぇ・・・・。切れ味の落ちた『包丁』を研げるようになりました、だなんて言わないでしょうね」

「・・・・」

「・・・・図星、ね」

「うぅ・・・他のは危ないからダメだって触らせてくれないんですよぉ」

「あんたの所の姉達は過保護なのかしら?」

 ヘファイストスとベルの交流については、アルフィアが存命していた頃からだ。『冒険者』でなくとも選択肢はあるということを教えるために何度か連れられてきていた『派閥』の一つだ。アルフィア死去後もアストレアと度々遊びに来たりしていたのだが、年齢が10を越えてからは一人でやってくることも増えてきた。最も8歳になった頃に『はじめてのおつかい』をアリーゼの指示でした際、開始早々とあるショタ好き黒猫に連れ去られる事件があったのだが。ヘファイストスはベルに弟子入りはさせないとしている。その理由は彼女が語った通り、過去に椿の工房で倒れてしまったことが原因だ。作業に集中してしまっている職人の後ろで「暑かったら外に出ていい」と言われていたにも関わらず、変に気を遣ってというか、出にくくなって最終的に様子を見に来たヘファイストスが茹蛸のようになってしまっているベルを見て大慌て――ということがあったのだ。勿論この件はベルの主治医ともいえる治療師の少女に怒られた。

「コホン。脱線したわね・・・それで、用事は―――って言うまでもなくトランクケース(これ)よね?」

「はいっ! アリーゼさん達が昨日の晩帰ってきて、「明日でいいからお遣い頼まれてくれる?」って頼まれたんです!」

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