アーネンエルベ⑤
「・・・・・」
弱々しく覚醒する意識と共に睫毛が震える。
長らく閉じていたらしい瞼は重く、瞼の向こうから光を感じるというのに、閉じたままもう一度微睡みの中に落ちていこうとしてしまう。二度寝の誘惑に反旗を翻し、差し込む光にしかめっ面をかましながら徐々に徐々に瞳に外界の景色を映した。
「・・・・よおベル、やっと起きたk―――」
「( ˘ω˘)スヤァ」
ダメだった。
これはダメだ。
ベルは仮称、『二度寝の女神』という居もしない邪悪な女神の誘いに抗えず瞼を閉じた。
綺麗な顔してるだろ? 嘘みたいだろ? 狸寝入りなんだぜ。
ベルは思い出の中にいる祖父の言葉を思い出していた。
『よいかベルよ・・・・目が覚めたらそこに男がおったら寝ろ』
『どうして?』
『そんなもん・・・・あれよ、起きた時に、くっっっそ美人の女子がおったら嬉しいじゃろ?』
『?』
『おっさんと美女・・・起きた時に居て嬉しいのはどっちじゃ』
『おかーさん!』
『そういうことじゃ』
『どーいうこと?』
寝起きの視界に映るのが男なのは、非常によろしくないという祖父の教えがベルの中で急速に蘇り、反射の域で行動を起こしていた。なんだか燃え上がる炎のように赤い髪の、良く知る鍛冶師の兄貴分がいた気がしたけれど、嫌いではないんだけど、どうせなら、願うことなら、目が覚めるとそこには可愛らしい寝顔を晒すアストレア様がいてほしかったと、そう思うベルなのであった。
完。
「ふざけろ、ベルッ! こっちは心配して来てやってんだぞ!?」
抗議が聞こえるが、ベルは寝ているので知らない。
心配させてしまったことは申し訳ないが、今、ベルは、『二度寝の女神』という非常に恐ろしい、質の悪い、布団の中においでおいでしてくる権能をお持ちの女神の神威に囚われてしまっているので、どうしようもない。嗚呼、ほんと、申し訳ないなぁ・・・とベルは思った。
「はぁ・・・まったく」
そこに。
鍛冶師の青年とは別の、女性の声が反対方向から聞こえてくる。その声の持ち主は、溜息をついてから、ツンツン、ツンツンっと指でベルの頬を何度も突く。
その指が頬に沈む感触は優しく、『二度寝の女神』という非常に恐ろしい邪悪な女神から、ベルを救い出す偉業を成し遂げる。悔しそうな邪悪な女神から離別するように、力強く瞼を開け、ベルは意識を完全覚醒させた。
「おはようございます、ベルさん」
「・・・・アミッドさんだ」
「はい、アミッド・テアサナーレです」
瞳に映るのは、白だった。
白を基調とした、ザ・清潔を固めたような部屋で、きつくはないが鼻にくるような消毒の匂いが鼻孔をくすぐり、真っ白なシーツの敷かれたベッドで仰向けになって眠っていたことをベルは理解する。左を剥けば、紫の瞳に普段あまり変えない無表情ともいえる顔に微笑を浮かばせてベルの前髪を分けるように撫でてくるアミッドがいた。頭がまだ若干ぼんやりとするベルは、アミッドの瞳を見つめてから何度か瞬きをしてから、視線を泳がせる。彼女の恰好は治療院の制服でスカートの丈は膝より上。ベルの瞳には、薄暗いスカートという名の洞窟の先に、聖女様の聖域が微かに映る。
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/5
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク