ハーメルン
ダービー行きコンコルド便は、体温の関係により離陸を延期いたします
tax[i]ing
昔から、体が弱かった。何かがあるとすぐに熱を出した。
遠足の前、テストの後、お出かけの直前、走り込みの後、レースの前。
小学校の頃、たまたま1ヶ月熱を出さなかったときは、お母さんが大喜びして、「お祝いしよう!」とか言い出したくらいだ。結局、その準備に張り切りすぎて、祝う前に3日寝込んだのだけど。
そんなわたしがトレセン学園に入学できたのは、幸運以外のなにものでもなかった。きっと、もう一度やれと言われてもできない。でも、それなら精一杯、この幸運を謳歌しよう、と思っていた。
けれども。栗東寮に入った直後、40度の熱を出した。やっとおさまったと思えば、肺炎を起こした。今度こそと練習に参加した途端、数日寝込んだ。模擬レースに参加しようとすれば、直前に熱が出て回避せざるを得なかった。
わたしの体の弱さは、相変わらずだったのだ。
「あの人、岡村さんに声かけられたんだって」「奈瀬さんからスカウトされたの!」
あっという間に、そんな噂すら誰もしなくなった。選抜レースもあらかた終わり、わたしと同期だった子はみんなトレーナーを見つけていたから。
わたしといえば、まだ一度たりともレースを走っていなかった。デビューした人だって大勢いるのに、選抜レースはおろか、模擬レースさえ、ただの一度も。
「諦め時かな」
そんな考えも頭をよぎった。いや、ここ最近、そればかり考えていた。
トレセンに入って、レースに出て、たくさん勝って、そして重賞やGⅠなんかにも出ちゃったりして……なんて、夢を見られただけ、わたしは幸運だったじゃないか。もう十分謳歌したよ。そもそも、わたしがトレセン学園に入れたのだって途方もない幸運のおかげで、ダメでもともとだったのだから。
最初から、そんなのなかったと思って、普通の……といっても、「普通」になれるかは怪しいけれど、少なくとも地に足のついた人生を送ろう。
そうやって、自分に散々言い聞かせた。何度も、何度も、繰り返し繰り返し。
それでも、まだ、もう少しでいいから、この夢を見ていたかった。夢でいいから、目を覚ましたくなかった。後できっと後悔する。そんなのはわかっている。わかっていても、嫌だ。
「諦めたくない」なんて、高尚なものではない。ただただ現実を受け入れたくなかっただけかもしれない。あるいは、何の因果か「コンコルド効果」というやつに陥っていただけ、だったりするのだろうと思う。
ただ、あの超音速旅客機だって、一応のところ飛んではいるのだ。
だからだろうか。
わたしにも、声をかけたトレーナーがいた。
その人の第一印象は、正直、あんまりいい人だとは思えなかった。
見た目は結構ちゃらちゃらしてる感じだったし、酒癖が悪いって聞いてたし、タバコ持ち歩いてたし、よく怒鳴る人って噂もあったし。
ただ、もう重賞は何度も、GⅠすら(あれはまぐれだ、って言う人もいるけれど)勝ったことがあるような実力者で、それこそ、あの奈瀬さんとも比較されるくらいの期待の若手トレーナーでもある。そんなチャンスをものにしないわけにはいかなかった。
……なんて冷静な判断みたいに言ったけど、ぶっちゃけ、藁にもすがるような思いだった。たぶん、誰が声をかけてきたとしても、それに乗っていたと思う。だって、本当にただの一度もレースに出ていないわたしなんかをスカウトする物好きが、何人もいるなんて思えない。
[9]前話
[1]次
最初
最後
[5]目次
[3]栞
現在:1/2
[6]トップ
/
[8]マイページ
小説検索
/
ランキング
利用規約
/
FAQ
/
運営情報
取扱説明書
/
プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク