2. 急接近
それらに返り血は付いていない。当然だ、魔人は魔力のこもっていない物理攻撃では死なない。傷が付いてもすぐに再生する。
その事実と、男たちの言葉。清々しい笑顔と、ぐったりうなだれてピクリとも動かない魔人から、ここで起きたことについて緩やかに、救いようもなく理解が及んでいって。
「──」
たゆは声もなく、堕ちていった。
深く深く、闇の底へ。
ーーー
サイレンの音が聞こえる。ざあざあ降りの雨音も遅れて耳に入ってくる。
体中が痛い、と思ったけど気のせいだった。気を失う前の余韻が残ってたみたい。今はただ、甘い匂いと柔らかで心地良い感触に包まれている。
「たゆ」
「お姉さん。痛いところはないですか?」
重いまぶたを開くと、たゆがこっちを見下ろしていた。
久しぶりの膝枕だ。こんもり膨らんだ胸の向こうに、たゆの幼い顔が見える。潤いのある朱色の唇に目が惹かれた。
「ないよ。もう大丈夫。外、うるさいね?」
場所はいつものリビング、ソファの上。マンションの外からひっきりなしにサイレンが聞こえてきてうっとうしい。
たゆはきゅっと唇を引き結んで、
「ごめんなさい、お姉さん。私がお弁当を忘れたせいで、あんなこと……」
「ああうん、いいよ。助けてくれたんでしょ? ありがと」
別に誰が悪いって話でもない、強いて言えばいろいろなめぐり合わせが悪かった。落ち込む暇があるなら私の話を聞いてほしい。
「あのね──」
素早く起き上がりざまたゆの膝に座って、唇を重ねる。恥ずかしいから一瞬だけ。
顔を離すと、ぽかんとしたたゆと目が合った。みるみる耳まで赤くなっていく。たぶん私も同じ。
「たゆ、私も君が好き」
何もしたくない空っぽの私に芽生えた、妬みと恥ずかしさ。その元になる思いはきっと、たゆの大好きと同じものだ。
目隠しと怨みの言葉で世界が埋め尽くされたあのとき、たゆへの想いだけが私に残った。たゆの色と声だけが何もない中たしかにあった。
まじりっけのないこの思いこそ、誰かを好きになる感情だ。理屈じゃなくて心がそう思った。
ていうかぶっちゃけ、この気持ちには気づいていた。なんか認めるのが恥ずかしくって意地張ってたんだ。
だけど私は怠惰の魔人。色々なだらしない欲求をまっすぐに叶えていくのが私だ。
自分に素直に正直に。心を抑えるなんて面倒でだるくてしんどいことしない。
魔人ちゃんは、がんばらない。
「大好き」
もう一度ちゅーする。
たゆの鼓動が豊かな胸越しにもはっきり伝わってきた。私にも心臓があれば、鼓動が溶け合って気持ちよかったんだろうな。
そんなないものねだりが陳腐に思えるくらい、私たちは本能のままに溶け合う。
サイレンの音はずっとうるさいままだった。
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