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盤星教、それは不死の術式をもつ呪術界の核ともいえる存在、天元を崇拝する非術師の宗教団体だ。久しぶりに聞いたその名前に、過去の任務の記憶が蘇る。他に類を見ないほど、とにかく苦痛な任務だった。
「……ああ、調査任務の護衛、今回はお前にまわってきたのか」
「はい。先輩も担当されたことがあると伺ったので」
基本的に呪術界も非術師の宗教団体を気に掛けるほど暇ではない。が、彼らの場合、崇拝している対象が対象だけに、定期的に「ご挨拶」の体で彼らの活動にチェックを入れている。といってもそれを行うのはほとんど補助監督の仕事で、呪術師は「万が一」のときのために護衛として調査にくっついていくだけだった。
しかし「万が一」のことがあったという事例は、今のところ記録にはない。相手が非術師であることもあって、その護衛はせいぜい二級か三級術師の持ち回りですることになっている。俺も二級だったときに一度護衛任務を受けたことがあるが、補助監督と盤星教の代表の腹の探り合いを延々と聞かされるという、かなり苦痛な任務だった。
「暇つぶしの道具もってくといいぞ。俺も本のひとつでも持っとくべきだったと死ぬほど後悔した」
「護衛任務中に読書とかウケる」
「……それ他の人にも言われました……」
マジですか、と硝子が驚いた顔をしているが、マジだ。この任務から帰ってきた術師は皆「どちらかというと拷問」「精神的苦痛を伴う」「呪霊相手にしてたほうがいくらかマシ」「案山子の苦労を身をもって理解した」と呪いたっぷりの報告書を提出している。まあ数日の間、日がな一日突っ立ったままイヤミな言葉の応酬を聞き続けるだけの任務なので当然だと思う。俺も二度とやりたくはない。
そんな任務を振り分けられた庵に少し同情しながら、改めて尋ねる。
「まあ、そういう任務だから仕方ねーわな。で、それで何でわざわざ俺んとこまで」
「任務にあたって、参考としてこれまでの調査任務の報告書を見せてもらったんです。それ読んで思ったんですけど、先輩、この任務、無駄なものだとは思ってませんよね?」
疑問形で聞きながらも断定している様子の庵に、片眉を上げる。そこそこの付き合いがあるとは言え、報告書くらいでそこまで言い当てられるとは思わなかった。
確かに俺は心底面倒だとは思いながらも、この任務の必要性を肌で理解していた。
「詳細すぎる先輩の報告書を見ればそれくらいわかりますよ。だいたい、報告書の書き方や注意事項を私に指導してくれたのも先輩じゃないですか」
「……まあ、そりゃそうか。そうだな、任務は死ぬほど面倒だが、あまり目を離さない方がいい集団だとは思ったよ」
「そんなヤバいやつらなの?」
そこを私も伺いたくて、と硝子の言葉を受けて庵が頷く。
わざわざそれを聞くために俺を訪ねたのか。相変わらず真面目が過ぎるというか慎重というか。しかし、前線での戦闘に向かない庵に、事前にできる対策はすべてとっておけと言い聞かせたのも俺だったっけ、とかつてを思い出す。俺の言ったことを実践しているのだと思えば、適当に答えるわけにもいかないだろう。
非術師の集団にすぎない盤星教。多くの術師は、その存在を気にも留めていない。所詮は非術師、呪力もない相手に何を警戒するのかと、この調査任務の継続そのものを疑問視する声も多い。だが俺は、そうは思わなかった。
「……盤星教の信者の多くはあくまでも非術師。ほんの一部の幹部に術師もいるらしいが、まあ大したレベルじゃない。だから戦闘力という意味は脅威でも何でもねーよ」
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