track1 マフラーを取った直後の渚の首の匂いを嗅ぎたい
「あ──彼女欲しい」
国内最大手のファーストフード店の一席で、真向かいに座る男は俺にそう漏らした。
「ほんと欲しい。マジでほしい。ていうかほしくない? ほしいよね」
「知らんがな」
ハンバーガーを頬張りつつ、しきりに同意を求めてくる相手にぞんざいな返答を返して、俺はフライドポテトをつまむ。
曲がりなりにも友人である人間に対して、冷たい対応なのは自覚しているものの、この発言が今に始まったモノでは無いのだから、淡白な態度になってしまうのも仕方ない話。
と言うのもこの男──塚本亘利はここ最近、急に彼女を欲しがる発言をしきりに繰り返す様になった。確かに高校2年生、アオハル真っ只中と言えるこの状況で、こうして学校帰りに野郎2人でジャンクフードを食べてるだけじゃあまりにも華が無いし、将来後悔しそうな気もしないでもない。
「でもお前、出会いが無きゃどうにもならないだろ、そうやって欲しい欲しい言ったってさ」
「出会いなんて幾らでもあるじゃないか。僕らの日常生活でいったい何人の女子が周りに居ると思う?」
「その女子から避けられてるから出会いが無いんだろうが」
「き゜」
「何それどう発音してるの。ウケる」
決して不細工と言うわけじゃなく、むしろ目鼻立ちとかは良い方の人間なのだけど、いかんせんコイツ、普段からエキセントリック過ぎる。
他人に迷惑をかける行動は取った事ないけども、急に社会主義思想に傾倒したり、教師相手にソクラテスの如く弁論大会を起こしたり、1年の時演劇部に入部していきなり高校生演劇大会の最優秀賞を取ったと思いきや直後に退部し、今度は動画配信系のSNSでバズったり、一人称がその日の気分や影響を受けた作品によってコロコロ変わったり、本当に掴みどころのない人間なわけだ。
俺自身、どうしてコイツと友人やっていけてるのか分からないし、むしろコイツの友人やってるせいで周りから似たような奴と思われてる節があり、最近は俺も女子からは避けられてるのでは? なんて思う事もある。
「基本的に女子はお前みたいに突拍子もない奴は面白い人間だと思っても、好きになる対象ではないんだろ」
「センス無いね」
「自己肯定感の塊かよ」
「本音さ。僕は基本周りの女子相手に自分を見てほしい何て思っちゃいない」
「それなのに彼女欲しがってるのか」
「学校外の女子と付き合いたいんだよ! 僕を色眼鏡で見ない人間と!」
色眼鏡で見られてるんじゃなく、自分から色眼鏡を配ったんだろう。と言いたくなる気持ちをグッと抑え込み、俺は話を促した。
「僕が思うに、男女の付き合いは互いの間に漂う神秘性から生まれると思うんだ」
「え、何、スピリチュアルな話?」
「そういうのじゃなくてもさ。この人はどういう人なんだろう、何を考えてるんだろう、そんな興味関心の引き金になる神秘性──古い神社仏閣に惹かれるように、人間のそういう一面から恋は埋まれるじゃないか、とね」
なんとも話のスケールが大きくなってきたなぁ。と思いつつ、まぁ分からない話でもないと多少は頷く自分もいる。
いわゆる憧れとか、高嶺の花、みたいなものを亘利は言ってるのだと思う。
「その神秘性が薄れて、現実を知った時、そのギャップに耐えられる人だけが結婚とかにつながるんだと思うワケだよ、僕は。そのために、神秘が現実に堕ちるまでの間どれだけの人生経験をして、どんな男女のやり取りをするかが鍵なんだってハナシ」
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