ハーメルン
大人になった君が見たいから
track6 夏は流石に取ろうよマフラー、渚に言ったら泣かれた

「一人称のブレについて、君はどう思う」
「どうと、言われましても……」

 水泳部の練習が終わり、クタクタな体で帰る途中。亘利が神妙な面持ちでそんな事を聞いてきた。
 一人称ってアレか、“俺”とか“私”とかの総称か。

「何だってそんな事を」
「僕はね、常々思うんだ。人間の印象は一人称によって大きく変わる。と」
「見た目じゃね」
「それはもう大前提として」
「あぁなるほど」

 つまり、見た目のハードルを越えてからの話だと。

「例えば、新しいクラスになって隣の席の人に話しかけるだろう? その時に相手の一人称がアタシ、だったらどんな印象持つ?」
「まぁ……女子に話しかけてるんだな、としか」
「それが相手も歴とした男子だとすれば?」
「ん……巷で言うLGBTに当てはまる人かなって思う。ちょっと面食らうけど」
「じゃあ次に、一見普通の女子が“小生”と言ってたら?」
「その前に何だそのショウセイって、そんな一人称あるの?」
「ん〜“教養”」
「ウザっ」

 すかさず調べて見たところ、確かに小生という一人称は存在した。
 いやわざわざ一人称調べなきゃ出会わないってこんな言葉。

「確かに小生なんて自称してたら驚くけど、これ男性が自分を低く言う時の言い方じゃん。男子から言われても驚くよ」
「そう。まさにその通り。それを伝えたかった」
「……良くわからん」
「人は見た目で大まかに相手がどんな人間かを判断する。そこに大きな刺激を与えるのが一人称。つまり、一人称の使い方で人は後天的に幾らでも印象を変える事が可能と言えるんです!」
「あー……なるほど」

 ようやくコイツの言いたい事が分かってきたぞ。

「さてはお前、この前の合コンで爆死だったから、改めて学校の女の子にモテようと画策してるな」
「もう少しオブラートに包む事はできないのか君は!?」

 知らねえ。オブラートなんてどこで売ってるんだ。見たこともねえよ。

「あのな、これだけはハッキリ言っておく。お前がこれからどんな一人称に変えても、絶対モテない。むしろドン引きされる」
「容赦を……もう少し言葉に手心をくださいよ……」
「こちとら部活帰りで疲れてるのにアホな話聞かされてるんだ、そんな気回せるか」

 本当もう、どうしてコイツは素直に行動を改めるって事をしないのか。
 モテたいならある程度の我を抑えることも大事だろうに。装ってるうちは、本当の自分を愛してもらった事にはならないとでも思ってんのかな。
 だとすりゃ、思い違いもいいとこだ。こっちだって相手の素の姿を愛せてるか分からないのに。
 まぁ? そんな事を脳内でだらだら考えてる俺も彼女居ないから、あまり偉そうに言える立場でも無し。人の事より自分の事だよなあ。


「──みたいな話を、さっき亘利としてさあ」

 ところ変わって自宅。先ほどの会話を夕食のネタにしつつ、渚が作ってくれたご飯をモリモリ食べる俺。

「相変わらずだね、亘利さん」
「変わらず過ぎだよ。アイツ俺と違って目鼻立ち良いんだから、もう少し品行方正にすりゃ絶対彼女できるのに、馬鹿だよな」
「……私は、お兄ちゃんもカッコいいと思うけど」
「渚……ありがとうなぁ。そんなふうに言ってくれるの渚だけだよ、家族でも嬉しい」

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