グラスワンダーは見通せない
ゲートが開くと同時、一歩目を踏み出す。
わかりきっていたことだが、普段とは比べものにならないほど足元がおぼつかない。気を抜けばあらぬ方向へとスリップしてしまうだろう。続けての二歩目で慎重に感覚を掴みにいく。
これなら走れる。そう確信して、スペシャルウィークは視線を上げた。自分同様に飛び出しているのはすぐ隣のエルコンドルパサー、彼女の向こう側にゴールドシップとシンボリルドルフ。逆サイド、外ラチ側は遠く離れてナリタブライアンとヒシアマゾンか。おおよそ事前の予想通り、パワーがあってバ場を気にせず走れるタイプのウマ娘たちだ。
少し遅れてセイウンスカイが一気にハナを確保しにかかる。その隣のシンボリルドルフはあっさりと先頭のポジションを譲り、ファインモーションとの二番手争いを優位に進めている。これもまた予想していたケースのひとつと言えよう。
スタート直後に差し掛かる3コーナーまでの1ハロンで、一列横並びだった陣形があっという間に縦長のそれに変化していく。
中山の芝2500mはコーナーを6度も回り、急な坂も挟まるコースだ。外を走り続けていてはタイムロスもスタミナロスも激しく、であれば序盤から無理に競り合って外を回るよりは素直に下がって内を回る方がいい。ましてやグチャグチャになった芝や未だ降り止まない雨のことも考えれば、やはり競り合いは悪手だ。
先頭のセイウンスカイはもうコーナーに入っている。少し空いてシンボリルドルフ、その背中をぴったり追いかけるファインモーション。続く四番手と五番手はエルコンドルパサーにエイシンフラッシュ。
さらに2バ身空いてスペシャルウィークが、自分がいる。悪くない展開だと彼女は結論付けた。
以前までの……札幌記念よりも前のスペシャルウィークであれば、ここまでで満足していた。自分自身が作戦通りに好位を確保できていれば、自分自身の走りに支障がなければ、あとは全身全霊を以て走ることに集中すればいい。そうすれば勝てるのだから。
だが、今は違う。『私は理想のウマ娘になる』とゲート内で自分自身が願った以上、今この瞬間のスペシャルウィークにはあらゆるものが視えている。そうでなければならない。
前方、先頭をひた走るセイウンスカイ。ハイペースでリードを広げようとしている。そういうレースメイクを最初から志向していたようだ。とはいえそれは所詮外面に過ぎない。数秒の観察で結論はすぐに定まった。すなわち、セイウンスカイは終盤で落ちる。
これが晴天であったならば、あるいはセイウンスカイも注視すべき対象だったかもしれない。だが、今の彼女は焦っている。予想以上にあっさりとシンボリルドルフが身を引き、先頭でのレースメイクを放棄したからだ。
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