スペシャルウィークは及ばない
「うぅ……」
ベルノライトは緊張していた。どのくらい緊張しているかといえば、ここ数年を思い返しても間違いなくトップクラスだと断言できる程度には緊張していた。
彼女が中央のトレセン学園に来たのはもう三年と半年も前のことだ。その間には本当に色々なことがあったし、極度の緊張を強いられたことも決して一度や二度ではない。
カサマツから転入して間もないころ、かの皇帝シンボリルドルフに『中央を無礼るなよ』と生徒会室で凄まれた経験がある。……もっともこれは同様に転入したオグリキャップに向けられた発言であって、ベルノライトはあくまで同席していただけだったのだが。それでも彼女が緊張し、恐怖した事実に変わりはない。
あるいは直近で言えば、去年の有馬記念。オグリキャップのトゥインクル・シリーズにおけるラストランにして、ベルノライトもサポーターとして所属していたチームシリウスが解散する直前の最終戦でもあった大一番。興奮と緊張が混ざり合ってハイになりつつも、親友にして最も尊敬するウマ娘であるオグリキャップを一心不乱に応援したことを今でも鮮明に思い出せる。
トゥインクル・シリーズへの挑戦を終えて、オグリキャップはドリームトロフィーへの移籍ではなく地元への帰還を選択した。一方でベルノライトは中央トレセンに残り、サポート科を卒業してURAのスタッフを目指すと決めたのだ。親友と道を分かつのは寂しいものだが、それでも彼女は自分でその道を選んだのである。
それにオグリキャップへのサポートという最大にして最重要の仕事がなくなり、所属チームも解散された今、以前までのように気を揉むような出来事に遭遇する頻度は間違いなく減る。もしかしたら、そんな機会自体がもうないかもしれない。残りの数年はこれまでよりずっと気楽な学園生活が自分を待っているのだ。
……つい昨日までは、きっとそうに違いないと確信していたのに。
「ベルノライトさん、どうしたんですか?」
「う、ううん、なんでもない……なんでもないです……」
どうして自分が、常勝無敗の変則三冠ウマ娘に蹄鉄の選び方を最初から教える羽目になっているのだろうか。いや、それはこの際いいとしても、どうしてあのスペシャルウィークが無垢な瞳で自分のことを頼ってくるのだろうか。
心の中で嘆きつつも、その理由をベルノライトはちゃんと理解していた。それもこれも全部、自分自身の余計な好奇心と、後先考えずに下した判断のせいなのだ。
発端は少し前まで遡る。
トレセン学園は夏休み期間の真っ最中。本来であればチームで合宿を行ったり、あるいは秋に向けて自主トレをしたりと、やることには事欠かない季節だ。しかしサポート科かつチーム無所属のベルノライトにとっては、宿題さえ終わってしまえば後は正しく長期休暇である。
もちろん宿題以外の自主学習も欠かしはしないが、たまには息抜きも必要だ。そう考えて彼女が今日やってきた場所こそ、ウマ娘向けスポーツ用品専門店『light-sports』原宿店であった。
中央トレセンのある府中から原宿まではたったの数十分。言うまでもなくお洒落な店には事欠かないうえ、一番重要な目的地であるlight-sportsは比喩抜きにベルノライトの実家である。なにせ、本店であるlight-sports笠松店の経営者夫妻の一人娘こそが彼女なのだ。そのような家庭に生まれたからこそ彼女はレースを志し、そして競走ウマ娘たちのサポートを志したと言っても過言ではない。
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