大爆発五秒前Ⅲ
何はともあれ、まずは味を確かめなければなるまい。白い繊維質を摘み上げ口にしてみる。すると雪のような白さや透明感からは全く想定外の引き締められるような辛味と、その後を追うようにしてやってくる仄かな甘味を感じ取った。これには驚きに目を見張ると同時に、この甘味には思い当たる節があるような、と暫し考え込んで。
(もしや、大根?)
昨夜のおでん、その具材のそれに酷似していると思い至る。成程、大根は生食だとこれほどまでに強い辛味を持っているのか。新たな発見である。果肉を擦り下ろすことでより明確に感じられる繊維質の食感が霜柱を踏みしめるようであるのも、なんとも面白い。
続いて、細切れの淡い緑白色の切片をひと摘み。こちらもまた、素朴な色調に反してなんとも軽快で切れの良い食感と共に、鼻の奥をくすぐるような酸味に近しい辛味を覚える。先の大根も同様であるが、香味だけでなく、そばとは全く別種の食感を加えることで互いの特色がより強調され、飽きることなく食べられる工夫というわけだ。
さて、目下最大の謎、この緑のペーストに挑むとする。かなり粘度が高く、全く混じり気のない、鮮やかな緑一色。ほんの少しを削るようにして鼻先に近づけると、大根とは比べ物にならないほどの刺激が鼻腔の粘膜だけでなく、生体反射による連鎖反応の一種だろうか、若干ではあるが涙腺までもを疼かせた。これは相当に強烈であるに違いない、と自ずと居住まいを正しながら舌先へと落として。
「ッ、おぉ」
唾液に触れたと同時に滲んで広がり、舌の上面全体に染み込んでいくように纏わりついて強く麻痺させる。これには堪らず僅かに声を漏らして悶絶した。だが不思議とその刺激に爽快感すら覚えているし、一度頂点を超えると滞ることなく滑らかに引いていく辛味の内側から微かな甘味が顔を覗かせる。かなり癖は強いが、二口目を強くそそられもする。
では、実際にそばと試してみるとしよう。大根を摘み上げ、一度そばの山の上へ。それを包み込むようにしてそばを持ち上げると、適度にツユをつけて咀嚼。するとどうだ。辛味と甘味が加わることでの味の変化は勿論、より豊潤となったそばの香りが、しかし引き波のように喉奥へと流れていく。立つ鳥跡を濁さず。なんと素晴らしい快感だろうか。
今度は淡緑白色の切片を包んで頬張る。想定していた通り、香味・食感共に正反対と言ってよい2つが噛み締める度に互いを主張し合う。非常に細く、そして薄く刻まれていることで細胞質が極めて細かく裁断され、香味成分がより強く揮発するだけでなく、瑞々しくも軽快な食感も生み出しているのだろう。そのように考えると、この切片は食感を、先の大根は香味をより際立たせるために、それぞれこのような調理法が選ばれているのだろうと推測できる。
であるならばやはり、この緑のペーストは何らかの植物の果実ないし根茎を擦り下ろしたものであると見た。恐らく大根に比べて含水率が著しいまでに低い、即ち貯蓄する必要がないほど水分の豊富な環境で成長する種。この強い香気成分は外敵を遠ざけるか、他種が成長できないような環境を作り上げる為。尤も、これほど舌を痺れさせる強烈さ。高揮発性だろうことを鑑みても、自身の成長にすら何らかの弊害を齎していそうでもあるし、それ故にこうして地球人に有用性を見出され食用とされているのだろうことは何とも皮肉である。しかし、克服に至っているのであればそのメカニズムに強く興味をそそられるし、もし克服できていないのであれば、やはり私はその『愚かさ』に強く興味をそそられることだろう。
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