ハーメルン
シン・メフィラスの食卓
空の贈り物Ⅳ

 哺乳類の鯨偶蹄目に分類され反芻をする家畜から得られる乳を、乳酸発酵や柑橘果汁の添加で酸乳化した後に加熱して固形分を濾し取ったり、酵素(レンネット)添加により凝固体(カード)となったものを液体成分(ホエー)と分離した後に更に脱水したりして製造する加工食品であることは、事前に文献で学んでいる。今でこそ製造法が確立されているものの、その理論が解明されるまでは実に長く、それまでの間、人々はその在り様に神秘にも似た不可思議を見出し、『魔』や『呪』といった何某かへ通ずるものとしてもしばしば取り扱われたという。

 用いる乳の種類、発酵や凝固の手法によってその種類は実に多岐に渡り、中には顔を顰めるような悪臭を発するものも存在するという。このカレーに用いられているのは恐らく、牛乳から作られたナチュラルチーズというものであろう。提供されて間もない頃は細かな切片状であったものが、今はカレーソースの熱で見る影もないまでに溶解、茶褐色の中に乳白色の広がりを見せている様は、水面に反射する衛星(つき)虚像(かげ)を彷彿とさせる。スプーンの先端を乳白色の中へと挿し込み持ち上げると。

「おぉ」

 伸びる。伸びる。見事なまでに伸びる。これが酪素(カゼイン)のアミノ酸による鎖状ペプチド構造が過熱によって分解、糸状になるよう複雑に絡み合っているが故、というのは事前調査によって既知であるものの、いざこうして目の当たりにするとやはり愉快な現象である。

 手繰るようにして伸長するチーズを切り、口に含む。食味は淡白、なれど滋味深く濃厚に感じられる。そもそもの原材料が哺乳類の幼体の主食として母体が血液を作り替えた分泌液であるのだから、栄養価に優れているのは必定であるのだが、微かに加味された塩気によって本来の淡白な甘味が確りと輪郭を帯びているように錯覚させられているのだろうか。基本はこのように切片であったり、他にも紙片状や粉末状にしたりして調味に用いるそうだが、単体で主菜としたり酒の肴とする愛好家も多いとのことだ。成程、()()ならばそれも得心がいくというものである。

 今度はカレーソースと半々程度になるような具合でスプーンを落とし、掬い上げたものを口に含む。カレーの刺激をチーズの淡白さが円やかに和らげながらも、濃厚な旨味が加わることで食味に、更なる深みや奥行きと呼ぶのが最も相応しいような何かを覚えるようになった。これは一体、と考えて直ぐに事前調査の折に読み漁った文献のある記述に思い至る。

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