ハーメルン
俺はただうまぴょいしたかっただけなんだ
命名、メジロレクサス!

アオ、そう幼名を名付けられた馬が居た。
佐藤牧場、家族経営の零細牧場。
頭数は12頭、今度新しくやってくるのがアオと呼ばれる馬だ。

「またあの子一人で走ってるわ」
「前の牧場でも群れなかったらしい」

俺の名前は佐藤浩一、最近禁煙を始めた。
妻の聡子と娘の遥、親父の光太郎と一緒に牧場をやってる。
細々と勝利を重ねる馬が何頭かいるおかげで借金はないが余裕もない。
親父も借金が出る前にやめちまえと言っている、言っているが俺はぶっちゃけ牧場を続けたかった。

確かに辛いことは多い、多いが俺はガキの頃から、それこそ農業高校を出てからずっと牧場で過ごしてきた。
まだ余裕はあるんだ。親父は、もうはまだなり まだはもうなりと言ってるが一度くらい勝負したっていいじゃないか。
でも、いつもの日曜日に使う1000円ってレベルじゃない1500万という数字にビビってる。

「頼む、1勝……いや、2勝くらいしてくれ」
「お義父さんも言ってたじゃない、期待しないほうがいいって。大丈夫ですよ、遥を大学に行かせるくらい、なんとでもしてみせますから」
「まだ苦労するって確定した訳じゃないじゃん!」

正直、馬には嫌われてるけど。
遥や聡子、あと親父には寄ってくるんだが、何故か避けられてる。
犬は格付けするというが、そういうことなんだろうか。

そろそろアオの馴致が始まる。
馴致とは乗り慣らしとも言って、色々と慣れされる訓練みたいなもんだ。
例えば人を乗せて走ることは競走馬として必須だが、手入れやトレーニング、輸送から装蹄、あとゲートなども落ち着いて出来ないといけない。
人の指示に従うことが必要不可欠で、これが出来ないと最悪として競走馬になれない。
つまり、大赤字である。

「今日は、よろしくお願いします」
「おぉ、任せろ。こんな良血馬、もう最後だろうし精一杯やるさ」

親父の時からの知り合いである、調教師の藤井純一郎さんに頭を下げる。
藤井さんはウチの馬を全部見てくれてるベテランだ。
藤井さんと一日中走り回って、手伝いだけでヘトヘトな俺に藤井さんが話があると言ってきた。
なんだろう、調教としては悪くない初日だったと思うんだけど。

自宅の和室で聡子に入れてもらったお茶を横に置いて、テーブルを挟んで俺と藤井さんが座る。
藤井さんは年の割にはしっかりとした体付きで深いシワを刻んだ顔はぶっちゃけ怖い。
そんな人が黙ってるのである、怖い。

「光太郎のやろう、アイツは見る目がねぇ」
「へっ?」
「期待すんなって言ってんだろ。まぁ、血筋が良けりゃ勝てるほど競馬は簡単じゃねぇ。だが、あの馬走るぜ」
「は、走る?」
「あぁ、最初は何がなんだか分かってなかったのか暴れたが、こっちのやりたいことが伝わりゃスッて大人しくなりやがる。気付いてたか、今日の予定はいくつか繰り上げてた」
「そ、そうなんですね。なんか順調だなとは思ってたんですが」

俺もこの仕事は長い、他の馬より早いとか、こういうのは得意なんだなとかそんなことは分かってた。
ただ手伝いに必死にで見てはなかったけど、賢いって聞いてたからそれかな。

「これからの訓練も楽しみなくらいだ、初日の手応えが良すぎる。俺は中央も夢じゃない気がする」

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