12:ミハイル様のご訪問
大丈夫。チャッとやってチャッと戻ればきっと気付かれないはず。
前回のリカルド様のときと同じなら、リゼも一旦意識を失って倒れ込むはずだけど……。
「やはり出直そう。アシュリー様も気まずい思いをされるに違いない」
ミハイル様の落ち着かないご様子の声が、ドアで反響してわたしの耳に届いた。
「いいえ! 今すぐ参りますので。そこにいてください。あと、絶対こちらを見ないで!」
リゼのわたしは、寝ているわたしの身体を跨ぐようにしてベッドの上に飛び乗った。
真上から、真正面に見る自分の寝顔。
うわー。やっぱりなんだか、いかがわしい気持ちになるわ。
こんな無防備な自分を襲うなんて。
でも、ゆっくりなんてしていられない。
意を決し、リゼのわたしはアシュリーのわたしの顔を両手で支え、その唇を奪った。
「!」
上からぐらりと倒れ込んでくるリゼの身体をとっさに受け止める。
そのままそれを横にうっちゃって横に寝かせる。
我ながらナイスな反射神経。
わたしに戻ったわたしは、手の甲で唇を拭いながらベッドを抜け出した。
鏡を見て髪を整え、部屋の中央に置かれたテーブルへ。
その上に置かれたままの朝食──かじり掛けのハムエッグを見てギョッとする。
わたしは、それをトレーごと鏡面台の方に運んで片付けた。
椅子に掛かっていたカーディガンを申し訳程度に羽織って座る。
「よろしいです。ミハイル様」
全然よろしくはなかったけど仕方がない。
後ろから声を掛けられ、おそるおそる振り向くミハイル様。
椅子に腰掛けたわたしの姿に気がつくと、再び驚きの表情を浮かべた。
その視線がベッドの上と、こちらとを行き来する。
「……リゼ殿は、どうされたのですか?」
「え、ええ。少し疲れたようなので休ませました」
我ながら自分の作った笑顔がひきつっているのが分かる。
「アシュリー様のご寝台のようですが?」
「ええ。仲がいいの、わたしたち」
分かってる。無理筋なのは。
けど、ここは無理矢理にでも押し徹すしかないのよ。
わたしは自分にできる最高の笑顔を作って身振りで促す。
ミハイル様はさかんに頭をかきながら、それでもやむなくといった体で近づいてきて、テーブルを挟み、わたしと対面する椅子に腰を下ろした。
緊張して頭を触るのはミハイル様の癖なのかしら、とわたしは思う。
黒く艶やかな御髪が乱れてしまっているわ。
そうやって落ち着かなげにするミハイル様のご様子を見ていると、わたしの方はなんだか逆に落ち着いてきた。
どう考えても狼狽えるべきはわたしの方なんだけど、こういうときは呑んで掛かった者勝ちよ。
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