CASE-5 尊属殺の罰
ナリタ攻防戦の後、浦城京介は一人トウキョウ租界の中を彷徨っていた。黒の騎士団のジャケットは何処かへ脱ぎ捨てて、ただ只管にある場所を目指している。それは母親と継父の住処で、京介も少しばかり身を預けていた家だ。戦争が終わって母が再婚するまでの間、京介は暫くの間父の親戚の家に預けられていた。二年もの間だ。幸い親戚は先のブリタニアとの戦争でご子息を亡くしたばかりで、京介にはよくしてくれていた。最も父の親戚であることから、その妻であるブリタニア人の母には裏で嫌悪感を露にしていたが。その申し訳なさが、二年の間に京介に親に対する無条件の愛情を渇望させる原因になっていた。そして少年にとっては長過ぎる時が過ぎ、連絡も寄越さないということは、自分は恐らく捨てられてしまったのだろうと京介自身も心の何処かで思い始めていた頃、とっくの昔に再婚していた継父と共にノコノコと平気な顔をして会いに来たのが母だ。平然と生んだ権利を口にして、戦争が始まるまでは日本で暮らし、日本人になろうとしていたはずなのに、戦争が終われば戦勝国民として昔の交友関係も全て従属関係へとシフトし切り捨てていった女だ。
だが幼かった京介にしてみれば、居なくならなかった唯一の肉親に必要とされたことは嬉しかった。だから親戚の止める声も聞かず、母と継父がトウキョウ租界に建てた醜い肉欲の館に飛び込んでしまった。その親戚も、気が付いた時には軍に殺されてしまっていた。継父は異物である京介を最初から嫌っていたが、母に嫌われないために表面上は良くしようとしていた。引き取られて初めて迎えた十二歳のクリスマスには、ブリタニア語の歴史書を渡されたのを京介はよく覚えている。その本を子供の感情に任せて無駄に広いリビングの暖炉に投げ込んで、よく燃えていた光景は今でもはっきりと思い出せた。裏で鉄拳制裁を受け始めたのも、その事実を継父が知ってからだ。
京介が捨てられなかったのは、偏に継父の種に問題があった点だろう。夫婦の間に子供が出来ないのだから、その社会的ステータスを維持するために残されたのだ。母は貞淑では無かったが、一度に複数の男を誘い込んで姦淫するような淫売でも無かった。メイドを数人抱えながらも、自らも家事を熟し夫を支えていた。そしてその裏でアッシュフォード学園に入学するために、粗末な継父の欲望を受け入れた肉壺の家庭教師共に知恵を押し付けられたのが、ケイス・ユーラックとさせられた少年なのである。全寮制の学園になんとか入学できたものの、京介は自宅からの通学を強要された。どの道自宅通学という手段を取ったことが、後の抵抗活動に繋がったのだから、皮肉でしかないが。
兎にも角にもナリタでの激戦を父親の自爆を持って終結させてしまった京介の精神は、ズタボロだった。自分の半分を生み出した存在があっさりと消えてしまったのだ。それも、自分の生き方に多大な影響を及ぼし、尊敬する存在が。だから自分のもう半分を生み出した存在の顔を、肉体を育てた胎を、吸った乳房の感覚を思い出したかったのかもしれない。例えそれが、自分を愛していなかったとしても。
トウキョウ租界でも外れの方にある住宅地の中に、ユーラックの家はある。門構えばかりが豪華な、屋敷とも言えない二階建ての家屋だ。門と屋敷の玄関までの間に庭があり、そこには小規模なプールがある。金ばかり掛けていても格式が伴っていないのだから、家には警備も居ない。かつて設置すると言っていた監視カメラも、まだ置かれていないようだった。京介はその懐かしい外観を見上げながら、門から柵に沿って家の周囲を歩く。そうして夜の帳が下りた中、プールサイドのベンチに動く人影を見ると、京介は柵に手を掛けて中へ侵入した。侵入者防止とクラシックなデザインを兼用した槍のように尖った部分に掌を傷つけるも、それを気にするようなことは無かった。柵の内側に生い茂る草木の陰で音を立てないように動きつつ、京介はプール近くの倉庫の陰に隠れた。その視線の先に居る人影、二つあるその人のような何かが自分が思っている通りなのかを確認する為に。
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