【3】水、重力
少しだけ屋上で熱を冷ましてから、押田と二人、ゆっくりと階段を下りた。
さて、毛玉のいなくなった校舎の探索だ。
外からは普通の小学校に見えていたのだが、校舎の中は荒れており、例えば各教室の机や椅子なんかはほとんどが片隅に積み上げられていた。
床にはぼろ絹、黒板にはよくわからない記号や図の殴り書き、少なくともここは一般的な小学生が登校する場所ではないことがわかる。
何者かが生活しているのだろうかと人間の姿を探してみたものの、あいにく校舎の中は無人のようだった。
おそらくここにいた連中は毛玉を恐れて逃げてしまったのだろう。
我々ですら可能だったのだから、手砲弾を使えば容易に撃退できたろうに。
よほどの臆病者集団か、それとも他に理由があるのか。
「安藤くん。君、喉は渇いていないか?」
ふいに押田に言われ、唾を飲み込む。
「……ああ、確かに、からからだ」
緊張していたのだろう、指摘されるまで気付かなかった。
思えば、隊長の家を出てからここまで一滴の水分も取っていないのだから当たり前だ。
「ふふん、そうだろう。ならばどこかで休憩を取るとしよう。無論、君のために」
「……お前、それ、私のためでなく、自分のためだろう」
最近、こいつの性格がわかってきた。
このパターンは、私に恩を売りつつ、自分の希望を通そうとしているな。
「ふん、な、なにを馬鹿な」
こうして狼狽えるところも、いつものパターンだ。
「まあ、さすがに私も疲れているからな。そういうことにしておいてやる」
「なんの話かわからないのだが」
非常時とはいえ、他人様の食料をいただくのは気が引ける。
喉を潤すだけならば、水道水で十分だろう。
そう言うと、押田も苦々しい表情を浮かべて、「仕方ないだろうな」と同意した。
一階の廊下を進んでいくと、幸いにも家庭科室を見つけた。
戸棚に置かれていたコップで水を飲むと、少し鉄くささはあったものの、感動的な旨さだった。
「は~~……」と息を吐き、パイプ椅子に体を預ける。
このまま数時間過ごしたくなってしまう。
激しい疲れにどっと襲われて、これ以上何もしたくない。考えたくない。
しかし、この状況がそれを許すまい。
あの毛玉は撃退できたかもしれないが、まだ何も進展してはいないのだ。
どうやって隊長の家へ帰るのか。
疲れが溜まっていようと、考え、動かなければならない。
話を訊く相手が見つからないのであれば、自分たちで調査を進めるべきだろう。
「押田くん、少し付き合え」
「……付き合えというのは、どこへ?」
「検証作業を始めるぞ」
移動先は化学実験室だ。
ここもごちゃごちゃと荒れており、床には謎の液体が広がっていたが、部屋の隅に設置された棚を漁ると、目当てのものはすぐに見つかった。
「分銅? こんなもの、何に使うんだ」
「黙って見ていろ」
油性マジックで『ぶんどう』と書かれたケースを四つ拝借すると、すぐさま化学実験室を出る。
続けて木工室へ向かい、針金の束を拝借。
最後は保健室だ。
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