第三話「黄金の血」
ステラという子どもは、自分を守る手段を育てなかった。
薄暗い路地には近づかない、知らない人には付いていかない、大声を上げる──防犯意識と呼ばれるそれは、その根本にあるのは【信用してはいけない】という線引きだ。
彼女は、それを意識的に否定していた。
信頼しなければならない。左の頬を差し出さなければならない。暴力に訴えず、否定をせず、話し合いをしよう、言葉が通じなければ歌で伝える。
それはとても難しいことだった。
旅行先で荷物を盗られたこともある。ファンと写真を撮っていたら髪を切られたこともある。握手していて手を引っかかれたこともある。
世界のどこにでも悪意は転がっている。
おまけにここはヘルサレムズ・ロッド。法律が味方をしてくれるわけでも、誰かが助けてくれるわけでもない。
ステラは、ちゃんとそのことを理解してそのうえで世界の善性を信じている。だからこそ、こんな大胆なことができるのだろう。
「胃に穴が開きそうだ」
あの華奢な手足で暴漢を撃退できるとは思わないし、こんな街では誰かが助けてくれたとしても、その誰かが再び襲ってくる可能性だってある。
ミラノは観光地にもなる有名な都市で、治安という意味では評判もすこぶる高い。それでも悪意を持つ者は掃いて捨てるほどいた。
「護衛チームにこんな仕事をさせるのは気が引ける。が、これも仕事のうちだと思ってくれ」
「わかりました。一分でいいので時間をください」
青い顔をしたテゾーロを気遣いながらレオナルドは床に這いつくばった。
「……彼は、なにを?」
「痕跡を追っています」
犬かなにかか、とテゾーロは思った。一度思うと、レオナルドがどことなくクセ毛の犬に見えないこともない。ステラの実家で飼われているフィールド・スパニエルという品種を連想させた。
(犬のほうが凛々しいか)
部屋からエレベーターまで四つん這いに進むレオナルドを見て、そんな感想が出てきた。
すでに現実逃避気味のテゾーロだったが、実際少し余裕はある。追跡アプリは使えなかったが、彼女にはすでにボディーガードを着けている。【身に着けている】。
金のネックレスと、金のブレスレット、金の指輪、そして金のイヤリングだ。
この三つはそれぞれ軽い品だが、それでもすべて合わせると一キロ近くになる。《覚醒した能力者》であるテゾーロならば、【衝撃さえ加われば】位置を把握してステラの周囲確認も容易い。そのまま金を、彼女を守る鎧にすれば時間稼ぎにはなるだろう。
「だいたいわかりました」
レオナルドは立ち上がった。なぜか鼻を押さえている。
「ツェッドさん、僕、少し大人になっちゃいました……」
「なにを言っているんですか貴方は?」
テゾーロは小首を傾げたが、いまはステラの居場所が最優先事項である。
「えっと、ステラさんでいいんですかね」
「あぁそうだ。キミたちの護衛対象はステラ・ディ・メディチ。ホンモノのお姫さまというやつだ」
言うと、レオナルドの口があんぐりと開いた。まるで顎が外れるのではないかと心配になるほどである。
かくいうテゾーロも、初めて彼女のフルネームを聞いたときにはそのような反応だった。
『D』の一族。
自身を破滅させた相手であり、憎むべき天竜人たちの大敵になる一族。
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