ハーメルン
マンハッタンカフェは動じない
#005『奇跡の人』

「ふぅン……手持ちも心許ないし、このくらいにしておくかな」

 ここはトレセン学園近くのコンビニ『オーソン』。時刻はすでに深夜2時を回っており、この時間帯の外出は完全に校則違反であるのだが、アグネスタキオンはそんなことを気にするべくもなく、うっかり切らしてしまったドリンク剤もろもろを買い出しに来ていた。

 この時間帯は当然、学園の売店など開いていないし、あの献身的なトレーナー君もさすがに寝ているだろう。それを叩き起こしてドリンクを買いに行かせないだけむしろ優しい私に感謝したまえよ、とトレーナーに対し一人謎のマウントをしながらタキオンは手持ちのカゴにタフネスシリーズを始めとした大量のドリンク剤と紅茶用の角砂糖を放り込み。そのままレジに向かう。深夜だけあって客は自分ひとり。店員もレジに若くやや大柄でがっしりとした一人がいるだけで静かな物だ。

「……会計を」

「は、はい……えー……タフネス30が4点、いや5点、ニンジンゼリーミニが3点、お徳用角砂糖3袋――あっ、す、すいません……」

 応対をした店員はどうやら新人のようであまり作業になれていないのかタフネスシリーズの缶を取り落としたり、数えなおしたりする始末。さらには、緊張のためか空調の効いた店内にいるというのに汗びっしょりだ。別段、怒ったり急かす気はないしむしろタキオンは、新人のうちから深夜のワンオペという奴か……大変だな、がんばれよ。と寧ろ内心応援の気分さえ生じていた。

(『苺谷正一郎』……『新人です。S市杜王町から引っ越してきました』……か……)

 とはいえ、レジに時間がかかっているとどうしても手持ち無沙汰になるもので、タキオンは普段気にも留めない店員の名札などをぼんやりながめて。

「えっと、合計で3920円になります。れ、レジ袋はご利用になりますか?」

「ああ、頼む……」

 タキオンは、ぴったり金額を出すのが面倒だったので5000円札を取り出し、釣りが手渡されるのを待つ。

「ハァーッ……ハァーッ……!」

「………………?」

 苺谷とかいう店員は明らかに挙動不審だった。息が上がり、釣銭を乗せて差し出した1000円札が震えている。そこまで緊張しなくてもよかろうに。タキオンは、そう思いながら1000円札を受け取ろうとした。その時だ。

――ビリィッ!

 タキオンが札を掴むと同時に、苺谷も札を引っ張り……1000円札が真ん中から『裂けた』。同時に札の上に乗せられていた釣銭80円もはじけ飛んで床に散らばる。

「うわあっ!? な、何をするんだ! 破けてしまったじゃあないかッ!」

「す、すいません、手が滑ってしまってッ……!」

 全くしょうがないな……とぼやきながら、タキオンは落ちていた釣銭を拾う。別段、破れたとはいえわざとではない。こういうのは郵便局などに持っていけば、新品の札に交換してもらえる。

 ……と、レジ脇の賞味期限切れが近い食品などが置かれたテーブルの下に、光る物を見つけた。

「……100円玉?」

 誰かが会計時に気づかず落としたものだろう。さすがに持ち主は現れないだろうが、明日トレーナー君に頼んで交番に届けておいてもらおう。タキオンは釣銭と一緒に、財布に100円玉を入れ。

「……早くコンビニの業務になれるといいね。では」

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