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よく晴れた空に流れる春一番。運良く見頃の重なった桜の花びらが、風に乗って空を流れていく。入校式の日に桜が見られるなんて、何とも幸先が良い。
できる限りの準備は重ねてきた。警察官として、社会正義を守る一員として、為すべきことを為すために。理不尽のなかを生き抜き、自らの目的を果たすために。
「……楽しみだ」
どうせ、背負うものは少ない身だ。
精一杯、自分の思うままに咲いてみようじゃないか。
*
警察学校には男が多い。女性ももちろん在籍しているが、男女比はすさまじかった。あっちを向いてもこっちを向いても男ばかり。そもそも恋愛禁止ということもあって、特に意味のないやりとりでも男女の交流には気を使うところがある。正直なところ、俺としては非常にありがたい環境と言えた。
「柊木、今日の授業でやったところなんだが、少しいいか?」
「ああ」
学習室ごとに割り振られる班にも男しかおらず、何とも気楽なものだった。話しかけてきた降谷のテキストに目をやり、今日の授業を頭の中で振り返った。
「あ、待って柊木、そこ俺も聞きたい」
ひょいっと降谷の肩口からのぞき込んできた諸伏に続き、何だ何だと周囲も続く。連なっている様子がカルガモの親子のようで、何だか面白かった。
「ああ、そこ俺もよくわかんなかったんだよ、柊木わかんのか?」
「おせーておせーて」
「俺も教官に質問に行こうと思ってたんだよ」
松田に萩原、それに伊達。それぞれが得意な分野をもっている、頼りになるチームメイト。俺なんかにも気軽に接してくれる気の良いやつらだ。
同じ班になったのが皆で良かったと、俺は心から思っている。
*
最初に話したのは降谷だった。
五十音順の関係で部屋が隣になり、荷運びのときに目が合ったのがきっかけだった。金糸の髪と褐色の肌は外国の血を思わせたが、警察学校に入ってきたのだから日本国籍をもっているはず。たぶんあまり気にしないほうがいいだろうと思いながら、俺は笑顔を向けた。にこり、と同じように笑顔を返される。
「ああ、隣の部屋の。俺は降谷零だ、よろしく」
イントネーションに違和感はない。やはり日本育ちなのだろう。その華やかで整った顔立ちを見ると、きっと彼も苦労があっただろうと勝手な同情をしてしまう。
「柊木旭、よろしく。荷運び手伝おうか? 俺はもう終わったんだ」
そう言って握手に応えると、一瞬だけ降谷は意外そうな顔を見せた。が、すぐに元の笑顔に戻って頷いた。たいした荷物もないのに頷いてくれたのは、きっと俺が話すきっかけを作ろうして手伝いを申し入れたことに気づいてくれたからだろう。よく気のつくやつというのが第一印象だった。
ちなみに後になって最初の意外そうな顔の理由を聞くと、外見が外見だから物珍しげに見られることのほうが多く、ナチュラルな対応をされることが少ないからだと苦笑していた。やはり苦労は多いようだ。
その降谷に幼馴染みだと紹介されたのが諸伏だ。
「諸伏景光、よろしく」
無表情気味の自己紹介だったからクールなやつなのかと思いきや、ただの人見知りと無表情だと猫目が目立つからそう見えただけらしい。慣れてくるとよく話すし笑うし、少し控えめなところのある気遣い上手のフォロー役だ。火の付きやすい幼馴染をいつも上手く宥めているのを見ては大変そうだなと思っていたのだが、本人的にはたいしたことではないらしい。
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