龍の爪痕
分厚く暗い雲。吹き荒れる強風。
嵐の中に青い目が二つ輝いている。
それは災厄の使いが告げた災厄の正体。
風を纏う鋼の神だ。何物も近寄れやしない。
天に届く巨大な竜巻が二つ。その間を優雅に舞う突風の龍。
砦は一斉砲火で鋼龍を沈めようとしたが、全ての球と爆発は風によって遮られた。
一時間と持たずに軍隊は壊滅。風に煽られて転覆した兵器の数々が残っている。
龍の力を纏った爪は石壁を易々と断ち切り、鋼の体で繰り出す滑空突進は防護壁をちり紙のように突き破った。
人の体が風で高く浮き上がり、落下と同時にぐしゃりと潰れた。
勇気ある兵士が剣を抜き、嵐の隙間から鋼龍に斬りかかって絶望した。
その体は本当に鋼だったのだ。
傷のつけられる弱点などどこにも存在しない。
鉄の剣しか持たない兵士達には、始めから勝ち目など用意されていなかった。
傷一つつけられずに陥落した砦の主は後にこう語る。
「あの日剣を向けて戦ったのは、大凡生物とは思えない自然災害だった。
国を襲う台風に剣を向ける者はいない。
あれはまさに、そんな戦いだった」
〜平原
アプトノスのために慣らされた土の道。
道の脇に広がる草原には野生のモンスターも数多く居る質素な一本道だ。
赤い装束の男が、若いハンターに声をかけた。
「話は聞いた。君、天廻龍に挑むのか」
年季の入った翠色の瞳と、傷の入った頬はそれまで過ごしてきた人生の過酷さを想像させる。
反対に、若いハンターは筋肉質だが傷は少ない。
彼女が優秀なあまり目立ってはいなかったが、彼も天才肌の狩人だった。
一部のマニアからは、その身に秘めた潜在能力は彼女すら上回るという噂もあった程だ。
だからこそ、男は危惧した。
天才は挫折を経験していないからこそ、想定外の出来事に足元を崩されやすい。
経験も浅く、心の強さを持たない若者に古龍の相手をさせるのは残酷だと思ったからだ。
「あいつの仇なんです。行かせてください」
その目が真剣なだけに、男は危惧を強めた。
これからこの美しい世界を生きようとする将来有望な若き芽が摘まれるくらいなら、いっそのこと自分がやられてしまった方がいいと思う程に。
それにハンターの仕事は主に街や村の生活を守ることが目的だ。
古来、神殺しは英雄の所業である。
古龍との戦いに参加する主戦力はハンターだが、それはハンター達の超人的な力に頼らなければ古龍達に対抗することは出来ないからである。
古龍に対抗出来ると囁かれるハンター達も、普通は古龍と戦おうとはしない。
本来の仕事とはかけ離れているからである。
そして、常に自然と調和しながら生きている一流のハンターほど、人間が古龍に挑むということがどれだけ無謀なことか良く理解している。
「それを彼女が望むと思うか?」
冷たい、誑かすような言葉だった。
それでもハンターは優しい望みに甘んじない。
死者の理想を叶えるより、命ある者を救わなければならないという使命感が彼にはあった。
それは他のどんな人間より大切に思った彼女のことであっても、同じことだった。
「...挑戦はいい。だが、全てを救えると思うな。
本来古龍は狩人の敵ではない。
それでも行くというのなら、これを持っていけ」
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