第1話 ゲームスタート
二人の人間が水中を漂っている。
一人は高校生くらいの男子で、名前を永井圭。もう一人は中年の男で、名前をサミュエル・T・オーウェンというが、佐藤と自ら名乗っている。
佐藤は気を失っていて、まるで反応が無い。永井はそんな佐藤をジッと眺めていたが、突如として水中に飛び込んできたモノに気付くと、視線をそちらに向けた。
水中に現れたそれは、一言で言えば異形であった。黒い包帯で全身を覆われたその姿はミイラ男のようだが、決して人間の形ではない。もっともそれは全身があった時の話であり、今の姿は頭と上半身の僅かしか残っておらず、現在進行系で崩壊していっている。
そんな異形から、永井は声を聴いた。
「いやぁ……楽しかったね」
それからすぐ、異形は水中に溶けるように消えていった。
永井は意識の沈下を感じつつも、この異形を作り出した元である佐藤がこの日本でこれまで何をやってきたか思い返す。
政府に捕らわれた者の救助。旅客機を強奪し目標物に墜落。警視庁SpecialAssaultTeam──通称SATの殲滅。邪魔者の暗殺。航空自衛隊基地の一つを制圧。戦闘機の自爆特攻による日本重要施設破壊作戦。どの行動を取り上げても、その結果には大量の犠牲者が生まれた。
だが、そんな悪夢も終わる。今なら佐藤を拘束して、二度と身動きができない状態までもっていくことができる。
そんな永井の思考を嘲笑うかのように、水中に再び異変が起きた。
──……は?
閉じかけていた永井の目が一気に見開かれる。佐藤のすぐ後ろに渦潮のような渦が出現した。佐藤の体はその渦の中にどんどん飲み込まれていく。
──なんだよ、これ!? 僕たちが落ちたのは川だぞ! 渦なんてできるわけがない!
永井が驚いたのはそれだけではない。半分以上飲み込まれているにも関わらず、佐藤の周囲に血は全くと言っていいほど出ていない。つまり、あの渦は殺傷力を全く持っていないのに、佐藤の体半分を消している。
──IBM(Invisible Black Matter)の新たな使用法? いや、あの渦に黒い粒子は一切無い。第一、水中じゃIBMの制御は鈍る。あの渦にIBMは関係無い。けど、だとしたら……この渦はなんだ!?
永井は反射的に、少しでも佐藤のところに近付こうと水中を泳ぎ始めた。このまま渦に佐藤が飲み込まれ、渦が消失した後に佐藤の体が消えていたとしたら、不死身の体を持つ佐藤がどこか予測のつかない場所へ逃走したことになる。それだけは避けなければならないシナリオであり、そのシナリオを回避するためならば佐藤と共に渦に飲み込まれてやってもいいとさえ、永井は思考し、覚悟した。
──みんなと協力し掴んだ、千載一遇のチャンスなんだ! 逃がしてたまるかよ! 佐藤!
しかし、そんな永井の思いを踏み躙るかのように、永井の手が佐藤の体に触れる直前、佐藤の体は完全に渦に飲み込まれ、渦が消えるのと同時に佐藤も消えた。
永井は唖然とした表情で数秒間、伸ばした手の先を見ていたが、すぐに現状を把握し、心底悔しげな表情になった。
永井が水面に浮上すると、彼の仲間たちが川辺にちょうど駆けつけたところだった。
「永井! 佐藤は!?」
永井と同い年くらいの男子が叫ぶ。
「逃げられた!」
「……はぁ!? 逃げられた? ヘリがそこにあんのに、どうやって逃げんだよ!?」
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