019 マース・ヒューズ
マース・ヒューズは軍法会議所に所属している。
今回彼に与えられた仕事は、東部士官学校の内部調査。
ここ数ヶ月で不自然なほどに膨れ上がった【雑費】の解明である。
本来そういった内部監査は憲兵の役割であり、彼の役目はその後というのが通常の流れだろう。
だが東部は既に火薬庫に等しい。
そんな地域で限りなく黒に近い施設の監査を誰が行いたいというのだろうか。
それだけに飽き足らず、長引くイシュヴァールの内乱とそれに伴う軍部の再編成により圧倒的に人手も足りていない。
正義感溢れる有能な若者を疎ましく思っているような者も、いないわけではない。
かくして様々な思惑を裏に秘めながら、巡り巡って彼にその役割が押し付けられることとなる。
勘弁してくれ。
それが彼の偽らざる本音であった。
上官より命じられれば否とは言えないのが軍人であり、彼自身そうあるべきだと考えている。
そうであっても火中の栗を拾うよう命じられて何も思わないほど、軍という組織を妄信しているわけではないのだ。
イシュヴァールの血を引く軍人の数は、決してゼロではない。
それは候補生であっても同様であり、こんなご時勢だからこそ内側から声を上げるのだと門を叩く者も確かに存在するのだ。
そんな中で発覚した東部士官学校の異常事態。
アメストリスの地理において同様に東部と分類されるイシュヴァールと何の繋がりもないと考えるわけにはいかないだろう。
どうせやるならもっと上手くやってくれないものか。
マース・ヒューズは優秀な軍人である。
仮に件の【雑費】が高度に隠蔽されていたとしてもその違和感に気付いただろう。
だが堂々と偽らざる数字を記載した報告書を中央に上げるのは流石にアホの所業である。
こうまでされれば軍としては無視することなど出来るはずもなく、彼に畑違いの仕事が舞い降りることとなったのだった。
彼が東部士官学校に到着して最初に感じ取ったのは、どこか浮ついた空気だった。
案内役の教師の表情が引き攣っていたのは別に構わない。
中央からの監査を笑顔で受け入れる支部というのは稀なのだから。
この案内役は上手く隠しているのかもしれないが、判断材料はそれだけに留まらない。
軽く構内を歩いているだけでも見て取れる、士官候補生たちの杜撰な隠蔽工作。
だが、あからさまに罪の意識を抱えている様子ではない。
まるでエロ本でも隠すような軽いノリで候補生たちがそそくさと去っていくのを視界の端に捉えながら、正面から乗り込んだのは失敗だったかと、彼は己の失敗を内心嘆いていた。
既に限りなく黒に近い。どんな方法でかは分からないが候補生まで抱き込んでいる。
となればこの場で激発させるのは悪手も悪手だろう。
数千に及ぶ準軍人に取り囲まれるなど彼としてもゾッとしない話だ。
「「「うおおおおおおおおおぉおおぉおぉぉ!!」」」
最優先事項を帰還に定めた直後、怒号が廊下に響き渡った。
反射的に仕込みナイフを引き抜き、案内役への警戒も解かず、声の方向へと注意を向ける。
声の出所は窓の外、視線の先には軍用ではない大型のトラックと、それに群がる候補生たちの姿があった。
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