#5 地に臥せるは守人達
「ザポ爺、あの仮面さ……祈手じゃない?」
「ほう、珍しい事もあるのう。もう一人は仮面着けとらんし、単なる連れじゃろか」
「けど白い外套だ、死装束かもね」
二層の奥深くにある地獄渡り。その先に広がる天上瀑布を下った先に第三層は存在する。月笛以上でなければ立ち入る事もできない6000mもの大穴は翼を持つ原生生物の独壇場である。這うようにしてその岩壁を降りようとすれば瞬く間に叩き落とされ、その身体が地面に打ち付けられる前に彼らの腹の中に収まっているだろう。
そんな層と層の境目近くに位置するのが不動卿と彼女の探窟隊の住処、監視基地だ。門番であり守人とも言える彼らは実を言えば、ほんの少しだけ退屈していた。三層の異変を解決する為に彼らの主人である不動卿は下層に潜っており、探窟家の往来自体もめっきり減っていた事に起因している。
そんな状況の中で留守を任されている月笛を下げた若い男と老人が、備え付けられた大望遠鏡より祈手である二人を眺めていた。
「祈手って言えば俺、墜星に借りがあるんだよね。今回は違うみたいだけど」
「イェルメ……揉めるなら外で頼むぞい」
「だから今回は違うって」
イェルメと呼ばれた何処となく軽薄な印象を受ける男は、鬱陶しそうに老人に口を尖らせて言い返した。客人を迎える為にゴンドラを降ろしながら彼は呟く。
「しかし……今"下"に降りるのは止めといた方が良いと思うけどなあ」
監視基地を訪れるという事は、まず間違いなく更に下層を目指している可能性が高い。白笛の探窟隊とはいえ、この時期に一体どんな物好きだろうか。言葉とは裏腹にほんの少しだけ彼は胸が躍っていた。
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アビスでは層を跨ぐごとに、全く異なる様相の地形が広がる。一層が地上にも似た草原を思わせるなら二層は鬱蒼と茂った密林を想起させ、その仄暗さはまるで人を拒絶しているかのようだ。
葉が発酵する独特の匂いを踏み付けながら、注意深く身を隠しつつ監視基地を目指していた。
「モルグ、獣避けはまだ効いてるか? これは絡まれたら面倒じゃ済まないぜ」
「とりあえず低階層に特化させてるんですけど、裏目だったかもしれませんね。こいつらに効くかどうか……」
そうぼやく自分達の頭上では、宙を舞う三層の原生生物が二層のそれを虐殺する惨状が広がっていた。元より大断層という環境で鎬を削ってきた彼らにとって、木々に依存し大した翼も持たないインビョウやトゲアルキは格好の的なのだろう。
これほどまでに三層の生物が幅を利かせているのは正直想定外だった。獣避けもアビスの原生生物全てに対して一概に効果を発揮する訳ではない。層を跨げば危険度も食性も異なるそれらに対して単一の獣避けが効くはずもなく、何なら同じ階層であっても複数を使い分けたい。
「一匹取っても最悪ですよ、速度こそ落ちてますけど枝葉のせいで軌道が読み辛い。叩き落とすのは無理です」
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