ハーメルン
変なウマソウルと共に歩む架空ウマ娘の日々
第18話 ガラス細工



 俺がトレセン学園に来てから丸一年が経ち、また桜の舞い散る季節が廻って来た。
 学園と寮は新入生の受け入れ準備と卒業生の送り出しにゴタゴタして忙しい。
 それだけでなく、四月はクラシック期の晴れ舞台、桜花賞と皐月賞が開催される。一世代の頂点を決める最初のレースとなると、トレーナーや出走する先輩達の気合の入れようは傍から見てても怖いぐらいだ。

 特に今年のクラシック世代は一人の抜きん出たウマ娘ではなく、数人の並び立つライバル達が限界まで競り合う、熾烈なレースが多くなると世間から注目度が高い。
 皐月賞の優勝候補は、先月のG2弥生賞を勝った≪スピカ≫のシャルさんを筆頭に、ウンスカ先輩とキングヘイロー先輩が出走予定。
 ≪リギル≫のエルコンドルパサー先輩は四戦無敗のままNHKマイルCを予定している。同じチームで昨年ジュニア最優秀ウマ娘を受賞したグラスワンダー先輩は、残念ながら左足の骨折で休養しているが、いずれ完治すれば戦線に参加して、より華やかで激熱のレースを繰り広げてくれるに違いない。

 それにシニア期も苛烈なレースが続いている。昨年クラシック三冠を巡って激しいレースを繰り広げたBNWの三人、ティアラを奪い合ったカワカミプリンセスさんやスイープトウショウさんが加わり、今年も見ごたえのあるレースが多いと評判だ。
 もちろんうちのバクシさんとフクキタさんだって負けて――――いや、フクキタさんは三日前の大阪杯を、エアグルーヴさんに僅差で負けて優勝杯を逃してたな。
 バクシさんの方は晴れてG1ウマ娘となり、今後はマイル戦にも積極的に出ると表明した。五月開催のヴィクトリアマイルと六月の安田記念を視野に入れて、既にスタミナ向上に明け暮れている。
 みんなそれぞれ自分のレースを懸命に走っている。

 その中で俺はと言うと、トレセン内のレース場で雑用をやっていた。別に悪い事をして罰当番をしたり、整備係に転身したとかそういうのはない。
 単にこの時期は人手が足りないから、選抜レースの用意や運営を生徒がある程度肩代わりしている。クラスのくじ引きで、たまたま俺を含めた数名が当たったから仕事をしてるに過ぎない。
 ちょっと運が悪い程度で愚痴を言うほどでもない。それにレース自体も小規模で走る生徒も少ないから、面倒なのはダートの砂を平らにする時ぐらいだ。
 何しろ俺達の学年の選抜レースだから、一年かけて目ぼしいウマ娘は殆どトレーナー契約してしまい、残り物扱いの生徒ばかりだった。
 フクキタさんなら「残り物には福がある」と言うかもしれないが、例え素材が極上でもメイクデビューまでもう時が無いのに、今まで基礎練習しか出来なかった選手を数ヵ月で鍛えて勝たせるのは並のトレーナーでは困難極まる。
 悪く言えば、一年かけても目の出ない落ちこぼれのウマ娘に、形だけでもチャンスを与えているポーズに近かった。それでも稀に諦めない筋金入りの根性ウマ娘がその後に活躍した前例はあったらしいので、学園も万に一つと思ってレースを続けていた。

 そんなレースだから見る者も参加する者も過疎った寂しいレース場で、受付をしていた事務員に頭を下げて去っていく、ウェーブのかかった長い芦毛の人が気になった。

「なあ、イクノディクタスさん。さっきの人知ってる?」

「芦毛の人ですか?彼女はメジロアルダンさんです。あの様子ではまた出走取りやめでしょうか」

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