第4話 幸運と希望の星
今日の授業が終わった。クラスメート達は退屈な授業から解放されてノビノビとしている。幾ら学生にとって学業は必須でも、ここにいる生徒は全員が速く走る事を求めてトレセンの門を通ったのだから、やはり走っている方が性に合う。
彼女達は幾つかのグループに分けられる。
二割は既にトレーナーと契約して専属指導を受けて、二割は自分からトレーナーを探して売り込み活動をしている。五割は友達やクラスメートと集まって、地道な自主トレに励んで毎月の選抜レースに備えていた。
さらにもう一割は脱落組と呼ばれている。最初は自らの夢のためにトレセンの門をくぐったものの、全国から集まる猛者たちの強さに心をへし折られて、競う事を放棄した脱落者達だった。彼女達は早々に退学届けを提出して学園を去り、レベルが落ちる地方トレセンに移籍したり、地元に戻って普通の学生として青春を味わう事が多い。中にはトレセン学園にあるサポート科やデザイン科、芸能科などに籍を移して、今後も学園内でウマ娘に関わって過ごす事もあった。
脱落したとはいえ彼女達を蔑むような事はしてはならない。そもそもアスリートとして大成出来るのはごく僅かなウマ娘だけ。レースを十名が走れば、必然的に一人の勝者が生まれて、残りの九人は全員が敗者になる。
デビュー戦以降、未勝利戦に出走しても一度も勝てずに学園を辞めていくウマ娘はかなりの数に上る。そして一度勝利しても、その後に小さなレースに勝てる者はさらに数を減らし、G3のような重賞レースを勝利できる選手はもっと少ないし、国内最高峰のレースのG1レース優勝者など、ピラミッドの頂点の石ほどの数しか一年に出ない。
勝利の栄光を掴めるのはほんの一握り。多くは栄誉を一度も手に入れられず、レースから遠のく人生を歩む羽目になる。それが嫌だからウマ娘達は必死に己を鍛える。
そして俺はというと、先ほど挙げた場合のどれとも異なり、校舎内をフラフラしていた。既にスカウトの話は来ていて、複数から選んで数日中に返答するから少し時間に余裕がある。その間に済ませておきたい件があった。
放課後で人気の無くなった校舎の一室の前で大きく息を吐く。
ここはかつて理科室として使われていたが、今はマンハッタンカフェさんが物置として使っている部屋になっている。昨日選抜レースが終わってから寮に戻ると、彼女にコーヒーを御馳走したいから放課後に呼ばれた。
緊張しながらドアをノックすると、ドアが開いてマンハッタンカフェさんではない、制服の上から白衣を纏った濁った眼をした年上のウマ娘が出迎えた。
「おや、どうしたんだい。私に何か用かな?」
「……あの、ここはマンハッタンカフェさんが使ってる部屋と聞いたんですが……というかアグネスタキオンさん?」
「そうだよ、私はアグネスタキオンさ。ここは私とカフェが共同で使っている部屋だから、間違ってはいないねぇ。それで見知らぬ君はカフェに用があるのかい?」
予想外の人が出てきて思考が纏まらずに、ただ頷いた。
アグネスタキオンさん。マンハッタンカフェさんと同期でかつチームメイト。皐月賞、天皇賞秋、大阪杯、宝塚記念のG1四冠を達成した中距離を専門にする超一流のウマ娘。それと詳しく知らないがウマ娘に関する技術特許を幾つも持っている才女らしい。
「ふぅむ。残念だけど、今日はまだカフェはここに来ていないね。私も今は実験の途中で立ち話をしている暇も無いから、中で待っているといい」
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